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お茶のお稽古、茶人の正月

久しぶりのお稽古。
盆略手前は一区切り。
初めてお道具、ひしゃくや水差し。

ひしゃくの扱いのところで、脇を締めた後の私の手なり、の感覚に宇宙を感じた。
太極拳の腕の広げ具合にも通じる。

私にとって、丁度いい、しっくりくる腕の上げ方や広げ方があるんだなぁ。
ひしゃくで湯を汲んで脇を締める。徐々に脇の力を抜き腕を広げるとともに、茶碗に湯を注いでいく。私の腕の手なりのところまで広げたら、手首を返して、丁度いいところまで湯を注ぐ。
からだの感覚としっくりする動き。収まるところに収まっているような、自然な動き。

そして、一つひとつの所作に意識を向ける。
今、ここ の感覚。
今、左手で茶碗の左横を持っている、膝上真ん中に持ってきて、右手で茶碗の右横を持ち替えている。そして、畳の上に置く。その一つひとつに、心とからだを向ける。
瞬間、瞬間の現実にコンタクトしてる。
現実と私のからだとお道具とが、しっくりピッタリする感覚。
集中と心を向けることとからだの感覚と。
私自身とともにいる、そして、お客様とともにいる。
場をつくってる。空間→世界→宇宙、そんな流れを感じる。その中に、ただ存在してる私。

お茶始めて良かったな。
仕事は、対応、即応、適応。バタバタと動くことばかり。
未来に向けての対策と過去の後始末にまみれてる。
今、ここ にいない。
立ち止まるのが、なかなか難しい。難しくしているのには、私の自動反応が関係してることにも気づいてる。

そして、私は立ち止まって、私自身の感覚に耳を澄ませて、私自身の感覚を大切にするために思考を使うやり方を選ぶ。気づけば、選べる。
対策と後始末の渦を俯瞰する。

お二人の先輩のお手前を見学してからのお稽古。
初めての炉の手前。
先生は一つひとつ、本質を踏まえて教えてくださる。

どっぷり仕事まみれの世界にいたら、気づけなかったことがある。
お茶のお稽古での体験・実感とゲシュタルトセラピーやちょっとかじった太極拳、それらが通底してる。大元は一緒な感覚がする。

面白いなーーー。
こういうつながりを発見すると心が躍る。

願わくば、着物を着てお稽古に行きたいよ。
平日仕事終わりのお稽古に、着物でいきたい。

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