タガログ語 (フィリピン語) の辞書の引き方
世界の言語のなかには、辞書を自分で引くことができたら一人前という言語があります。
辞書を使うためにはその言語について相応の知識がなければならない言語です。
タガログ語もそのような言語の一つです。
この記事では、そんなタガログ語の辞書の引き方を解説します。
タガログ語の辞書を使いたい
2023年11月現在開講中の東京外国語大学オープンアカデミーのタガログ語 (フィリピン語・フィリピノ語) の授業では、タガログ語の物語を集めた教科書を使用し、タガログ語を実際に読んでいます。
このような読解の授業では、読んでいるタガログ語の文章にわからない単語が出てきます。
そうすると辞書を引かねばなりません。
ところが、タガログ語の辞書は、(例えば英語の辞書のように) 文章に出てきた単語をそのまま引けば意味がわかるというようにはできていません。
辞書を引くにも、ある程度のタガログ語の知識が必要なのです。
そこでこの記事では、タガログ語の辞書をどのように引くかについて解説したいと思います。
なお、タガログ語の辞書そのものについては、以下の記事で解説したので、そちらをご覧ください。
タガログ語の辞書の見出しの順番
辞書の引き方の話をする前に、タガログ語の辞書の見出しの順番について解説しておきましょう。
abakada アルファベット
まず、タガログ語の辞書の見出しはおおよそ英語のアルファベットの順番と同じようにならんでいます。a, b, c, d, e, f, g … というやつです。
ただし、k については二つの立場があり、英語と同じ h, i, j, k … の k の場所に出てくる場合と、c の直後に出てくる場合があります。c, k, d, … ということです。
タガログ語は c の文字はあまり使わずに、k を用いるからです。
タガログ語に用いられるラテンアルファベットのことを abakada といい、k が出現しますが、その理由と同じです。
実際、スペイン語の単語でも [k] と読む c は k に書き換えられます。たとえば、スペイン語 coche はタガログ語では kotse と書きます。
合字 ng
次に、タガログ語には軟口蓋鼻音 [ŋ] に対応する合字 ng があります。合字というのは二つで一つの文字として扱うということです。
このため辞書でも ng は一つの文字として扱われ、n の次の文字とされます。
つまり、l, m, n, o, p, q … ではなくl, m, n, ng, o, p, q … と並んでいるということです。
ng ではじまる単語 (たとえば ngayon) を n の項目で探しても見つからないので注意しましょう。
タガログ語の辞書の引き方
タガログ語の辞書には、引き方の点で、大きく2つのタイプがあります。
語またはその基本形で引く
まず、一つ目のタイプは語またはその基本形で引くタイプの辞書です。
例えば、
Santos, Arceli. 2006. Vicassan's Pilipino-English Dictionary. Abridged Edition. Manila: Anvil Publishing, Inc.
インターネット上の簡易辞書
などがそうです。
このタイプの辞書のメリットは、多くの場合、文章に現れた単語をそのまま引くことで意味がわかることです。
たとえば、mahirap という単語を文章に見つけたら、そのまま mahirap を引きます。辞書には以下のように書いてあります。
簡単です。
動詞の場合には、基本形を自分で作ってから引かなければなりませんが、ある程度タガログ語を勉強すれば、それはほど難しくないことでしょう。
デメリットと言えば、 タガログ語は一つの語根からたくさんの語が派生されるという言語的な特徴を持っていますが (後述)、語とその基本形から引くタイプの辞書では、関連する語の間の派生関係が見えません。
本来ならまとめて覚えるべき単語も 別々に覚えなければなりません。
こちらのタイプの辞書は実は数があまり多くなく、手に入りにくいものばかりなので、以下ではこの辞書の話はしないことにします。
語根で引く
もう一つの辞書のタイプは語根で引く辞書です。
このタイプの辞書の方がたくさんあり、たとえば、
English, Leo James. 1987. Tagalog-English Dictionary. Manila: National Book Store.
Rubino, Carl R. Galvez. 2002. Tagalog-English/English-Tagalog Standard Dictionary. Revised and Expanded Edition. Hippocrene Standard Dictionaries. New York, NY: Hippocrene Books.
Barrios, Joi, Nenita Pambid Domingo & Romulo Baquiran, Jr. 2017. Tuttle Concise Tagalog Dictionary: Tagalog-English English-Tagalog. North Clarendon, VT: Tuttle Publishing.
などがあります。
このタイプの辞書のメリットとしては、一つの語根から派生されるたくさんの語をまとめて参照することができるという点です。
語根で引くタイプの辞書の見出しは、たとえば、このようになっています。
見出しにある lipad が語根です。
語根とはおおざっぱに言えば意味を持つ最小の言語的な単位ことので、タガログ語では、語根 (ここでは lipad) からたくさんの語 (ここでは lumipad や paliparan など) が派生します。
語根で引く辞書は、上の引用のように、関連するたくさんの単語を一緒に参照することができるので、覚えやすいということはあるでしょう。
一方で、デメリットは語根がわからないと単語が辞書で引けないところです。
具体的には、文章の中で出現したよくわからない単語から接辞を取り除いて語根の形にしてはじめて辞書を引くことができるのです。
たとえば、上記の、語から引くタイプの辞書では mahirap という単語をそのまま辞書で引くことができました。
しかし、語根で引くタイプの辞書で mahirap を引いても見出しにはありません。なぜなら、mahirap は ma- という形容詞を作る接頭辞と hirap という語根から成り立っているからです。
以下のように、語根 hirap を引いてはじめてそこに書いてある mahirap という単語の意味がわかるのです。
意味がわからないから辞書を引くのに、その単語がどのような語根と接辞から構成されているのかを知らないと引けないということです。
初心者にとってはなかなか難しい問題があります。
この問題を解決するには、まずは、タガログ語の文法を一通り勉強することが必要です。文法を理解しないと語根が取り出せないからです。
次に、以下に解説する方法を試して辞書を引いてみてください。
辞書を引くためのタガログ語の語根の見つけ方
上に書いたように、タガログ語の多くの辞書は語根で引くタイプの辞書ですが、この語根を抽出する作業がなかなか難しいです。
それでは、語根はどのように見つけるのでしょうか。
以下で解説します。
ステップ1: 単純語か合成語かを見分ける
まずは文章に現れた単語が単純語か合成語かを判断しましょう。
単純語とは語根だけからなっている語のことです。つまり、単純語 = 語根です。
単純語は以下のような特徴があります。
教科書の文法の説明で出てくる標識 (ang など) や小辞 (na, pa など)
一音節や二音節の語: タガログ語の語根は二音節である場合が多い
このような語は単純語である確率が高いです。
単純語の場合は、単純語 = 語根なので、そのまま辞書で引けば意味を見つけることができます。
それ以外は、合成語つまり語根とそれ以外の要素からなる語である確率が高いです。
次のステップに進んでください。
ステップ2: 合成語が動詞である場合には基本形・不定形にする
合成語が動詞である場合には基本形・不定形にしてあげてください。
動詞でなかったり、すでに基本形である場合にはステップ3に進んでください。
実は、このステップも初心者には難しいです。
その語が動詞であるかどうかを見極めねばならず、また、基本形・不定形にするためには活用のパラダイムを習得していなければならないからです。
ステップ3: 接辞を取り除く
最後に合成語から余計な接辞を取り除いてやる必要があります。
まずは、重複を取り除きましょう。
タガログ語には ma-yaman~yaman 「ちょっとお金持ち」、ma-tali~talino「ちょっと頭がいい」のように語の一部または全部を重複させる語形成の方法があります。
その重複部分を取り除きます。
次に、接中辞を取り除きましょう。
接中辞はタガログ語においては
<um>
<in>
の二つしかありませんから簡単な場合がほとんどですが、接頭辞がある場合 (たとえば pinag-usapan) には少しやっかいです。
それから、接尾辞を取り除きましょう。
接尾辞はタガログ語においては
-in
-an
の2つしかないので、比較的簡単です。
ただし、タガログ語にはそもそも in や an で終わっている語根も多いので気をつけましょう。
たとえば、dumaan「通る」などは -an で終わっているように見えますが、実際には語根 daan と接中辞 <um> から成り立っています。
最後に、接頭辞を取り除きましょう。接頭辞には、たとえば、
i-
mag-
ma-
maka-
maki-
maN-
pag-
paN-
pa-
などがあります。それらを取り除きます。
ただし、一見接頭辞のように見えながら接頭辞ではない場合もありますので、注意が必要です。
たとえば、malayan「知識」は ma-layan のように接頭辞 ma- がついているようにも見えますが、実際には malay-an なので接尾辞の -an がついています。
一方で、接頭辞がついていることはわかってもどの接頭辞かわからないこともあります。
たとえば、nakakain という文字列は na-ka~kain つまり ma-kain の未完了形かもしれませんし、naka-kain つまり maka-kain の完了形かもしれません。
このような苦労を経て、タガログ語の語根を抽出することができます。
そして、辞書がやっと引けるのです。
実際にやってみると、合成語の切り分け方や接辞の見分け方で間違うことも多くなかなか苦労します。
試行錯誤しながら慣れていくしかありません。
綴りと借用語の問題
上が主なステップになりますが、他にもいくつか気をつける点があります。
まず、タガログ語の綴りにはさまざまなバリエーションがあります。
正式な綴りではないものの、日常的にはよく使われる綴りがあることにも注意しましょう。
たとえば、puwede 「できる」という重要単語がありますが、これはインフォーマルな綴りでは pwede とも綴られます。
実際に使用されるのは pwede の方が圧倒的に多いのですが、辞書に載っているのは puwede の方です。
このような綴りのバリーエションに気をつけましょう。
さらに、最近のタガログ語の文章では借用語、特に英語からの借用語が頻出します。
そのような単語は多くの場合、タガログ語辞書には出てきません。当たり前といえば当たり前ですが、文章に集中していると忘れてしまうこともあります。
さらに借用語は上記のさまざまな綴りが生じやすい語群なので困ります。
こればかりはどうしようもないので、諦めて地道に経験を積むしかありません。
辞書を自分で引けるようになったら一人前
このように、タガログ語の辞書を使用するのはそれほど簡単ではありません。
タガログ語についてのある程度の知識が必要で、初心者には難しいこともあります。
言い方を変えるならば、辞書が自分で引けるようになれば、タガログ語がある程度できるようになったということです。
辞書を自分で引けるようになったら一人前です。
そのレベルを目指して勉強しましょう。
この記事を読むことによって、みなさんのタガログ語の勉強がうまくいくことを願っています。
おまけ: オンライン辞書はどう?
なお、最後にオンラインの辞書について一言。
これはタガログ語に限った話ではありませんが、現在、インターネット上で使えるオンライン辞書がたくさんあります。
タガログ語の場合、そのような辞書の方がここで書いたような苦労もあまりいらず、初心者には扱いやすいものかもしれません。
しかし、紙の辞書には、オンラインの辞書にはない情報が載っていたり、情報がより信頼できるという利点があったりします。
時と場合に応じて使い分けるのがよいでしょう。
なお、私がお勧めしているこの辞書には、検索に便利な Kindle でも入手できることを付け加えたいと思います。