【第66回岸田國士戯曲賞最終候補作を読む】その1
22日17時より例年通り、最終候補作が公開されるということですが、それに先立って既に読んだ作品について投稿したいと思います。
まずは笠木泉さんの『モスクワの海』から。
候補者について
笠木泉[かさぎ・いづみ]
1976年生まれ。福島県出身。日本女子大学人間社会学部文化学科卒業。スヌーヌー主宰、劇作家、演出家、俳優。初の最終候補。
候補作について
昨年12月、スヌーヌーの第2回公演として下北沢・ニュー風知空知にて上演。
■時代、場所
現代、12月。東京の隣の街
1 ちいさな一軒家
2 ハッピーハウジング
3 男の名前はフジオという もう一人はハシモト
4 どうでもいい
5 多摩水道橋
6 返却
7 出立/おれは煉獄/10年と10分
■登場人物
女1(加藤伸子、90歳)
女2(通りすがり)
男(伸子の息子・フジオ、1967年生まれ)
■物語
東京の隣の街。12月のある日、爆発が起きて古い小さな一軒家の庭で尻餅をついた女1に通りすがりの女2が声をかけて手を差し伸べるが、女1は大丈夫だと拒絶する。一方、長年引きこもっている女1の50代の息子・フジオはバイトの面接を受けに新宿に向かうが、途中で電車を降りてしまう。
総評
この作品は実際の上演を観ていて(感想ブログはこちら)、戯曲が無料公開された時にPDFで送ってもらっていたのだが、まさか岸田國士戯曲賞最終候補作になるとは思っていなかった。というのも本作は3日間5回のみの上演で、客席は25名ほどというまさに知る人ぞ知る公演だったからだ。こういった小さな規模の作品までチェックしているとは腐っても(腐った言うな)岸田國士戯曲賞、と感心した。
作品自体はわずか10分間の出来事を描いている。老婆が庭で転んで尻餅をつき、通りすがりの女が手を差し伸べる。ただそれだけの話だが、そこには2019年に発生した登戸通り魔事件、福島およびチェルノブイリの原発事故の記憶が澱のように積み重なっている(笠木さんは福島のご出身)。時が経てば、そういった事件や事故も段々と忘れられていく。それは仕方ないことではあるし、ずっと手を差し伸べ続けることは出来ないけれど、そんな中でも自力で立ち上がる女1の力強さが頼もしい。
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