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リスボン・デイズ #3 〜幻のシントラと、ユーラシアの果て〜
リスボンに行くことがあったら絶対寄りたいと思っていた場所がある。
それはロカ岬と言って、ユーラシア大陸最西端の場所である。
カミーノの巡礼路を歩いて、巡礼路の一番西の端、「世界の終わり」という意味の地フィステーラまでは歩いて辿り着いたのだが、厳密に言えばユーラシア大陸の一番西は別の場所、ポルトガルのロカ岬であることは知っていた。インド最南端のカニャクマリに行ったことのある端っこ好き旅人としては、厳密に最西端の場所にもちゃんと行っておきたい。そういうわけで、ユーラシア大陸の一番西の端ロカ岬に向かうことにした。
ただロカ岬へ行くだけではもったいない気がして、どこかセットで立ち寄れるところはないかと探していたら、「シントラ」という場所を見つけた。
日本のガイドブックに思いっきり特集されている割とメジャーな場所のようだが、なんせそこの宮殿の写真に心がときめいた。気になるユニークな世界観だった。ポルトガルの王家が避暑地として過ごす宮殿があり、ムーア人の城跡があり、イギリス人の詩人バイロンが「この世の楽園」と評し、シントラの町ごと世界遺産になっている場所らしい。読めば読むほど行きたい気持ちが増したので、リスボンからシントラを経由して、ロカ岬へ立ち、リスボンに戻ってくる日帰りトリップをすることにした。
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ジェロニモス修道院の長蛇の列を見てポルトガル人気を痛感していたので、ネットでシントラの宮殿やらいろんな名所の入場券がセットになったシントラ周遊チケットだけ先に購入し、電車に乗ってシントラへ向かう。
空模様は最悪。朝一番にシントラに着いたらかなりの土砂降りで、レインジャケットを着ていても中にしみこんでくるし、顔面がびちょびちょになるくらいの豪雨であった。朝一番の同じ電車でやって来た他の観光客の人たちが、ツーリストインフォメーションからがっかりしながら出て来るのを横目で見ながら、周遊バスに乗り込もうとすると、バスの車掌さんとどこかのツアーガイドと思われる人が私を止めた。
「今日は、ストライキでシントラのすべての施設はクローズだ。残念だけど、どこにも入れないよ。」とのこと。
は?
「私は昨夜にオンラインで周遊チケットを買ったんだけど、そんなことはどこにもアナウンスされていなかったよ」と伝えてみるが、「それは残念だが、ストライキは急に決まったから。バスに乗ってもどこにも入れないから。それに大雨だし、あと1時間待てば、そこのカフェは開くから、コーヒーでも飲んで帰ることだね。」と言うガイドの人。
うそやん。
茫然自失である。
残念過ぎるやろ。
それでも食い下がり、「ムーア人の城跡とか、宮殿の外観だけとか、中に入らずとも外から見られる場所があるだろうから、とりあえず周遊バスに乗るわ。見えるスポットを教えてくれたらそこで降りるし、雨でも別に気にしないから歩いてシントラを巡るわ。」と私が言うと、困ったバスの車掌さんが、
「正直に言うと、シントラの施設はどれも奥まっていて、外からは何も見えないんだよ。歩いて回ってもほとんど何も見えないよ。そもそも今日は天気も悪いから、景色も雲で見えないし。君の持ってる日付指定の周遊チケットでできることは、雨に打たれながらそれぞれのエントランスだけ見て回ることだけ。何の変哲もないただの入り口の門だけどな。」
と何とも切なく悲しいことを言った。
うーん。
「せっかくここまで来たし、まだ朝早いし、分かった、ただの門だけを見て回るよ」と伝えた。「周遊バスはいつもはある程度本数が頻繁にあるけど、今日はストライキでツーリストがいないから、バスはほとんど走らないぞ。一度降りたらもうバスはつかまらないと思った方がいいぞ。タクシーも来ないし、この雨の中を歩いて駅に戻ってくるんだぞ。」と念を押された。「大丈夫。雨でも20㎞くらいまでなら余裕だから。」と答えると車掌さんはびっくりして心底呆れつつ、私だけをバスに乗せて発車してくれた。
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見どころはたくさんある。
一番楽しみにしていたペーナ宮殿のエントランスに到着。バスの車掌さんに周遊する方向と所要時間をある程度聞いて、バスを降りた。車掌さんはまだ呆れた顔をしていた。
なるほど。
門はこんな感じか。
何の感動もない。
雨が一番ひどいタイミングだったので、誰もいない券売機のところにだけ小さい屋根があったので、そこへ小走りで潜り込んで雨宿りをすることにした。券売機の画面に映し出されるペーナ宮殿の写真を見る。
うわーかわいいな。
わざわざ現地に来て、雨を何とかしのいでこれだけを見るという味わい深さ。笑いがこみあげる。エンドレスリピートでシントラの観光名所の写真が映し出される券売機。こんなにも長い間じっくりと、ここの券売機の画面を見た人は私が初めてだと思う。チケットを買うために並びたくなくて、日にち指定の前売り券を買ったのに、誰も並んでいないチケット売り場でずっと券売機を見ている私。何この哀しいくらい笑える悲劇。
人生ってやつは…。
そんな中、時々、ツアーバスが素通りしていき、何も知らない1人旅や少人数のグループの観光客が雨の中歩いてやってくる。
券売機で雨宿りをしながらそこの繰り返される画面の映像だけを見ている憐れで親切な日本人が、券売機に近づく人たちに伝える。
「Today is closed.」
そして観光客を絶望へと落とす。
信じてくれない観光客は、土砂降りの中をエントランスの門まで見に行ったりする。そしてずぶ濡れになってうなだれてから、小走りで去って行く。私はやって来る観光客に対して、「Today is closed.」絶望係の仕事をすることとなった。私ははるばる現地にやってきて他人を絶望に突き落としに来たわけではないんだけど。みんなの絶望、分かるよ、私も観光客だから。
そう思いつつ粛々と伝える。
「Today is closed.」
まるで自分に言い聞かせているかのように。
一体私は何をやってるんだろう。
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誰も並んでない。
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寒さの限界と、雨がマシになったタイミングで、券売機の屋根から抜け出して歩き出した。こんなことをしに来たんじゃなかった、と我に返る。
それから少しだけシントラの周遊ルートを歩いたものの、ムーア人の城跡が見えるんじゃないかというポイントに来ても、曇っていてガスってもいるせいでほとんど何も見えず、シントラに見切りをつけることにした。
見切りをつけてからは気持ちが切り替わり、周遊チケットの返金について頭が回った。4500円を取り返すためにどうすべきかを考え、ツーリストインフォメーションに聞いてみたりしたが、オンラインでやり取りをしてと言われた。どこに問い合わせたらいいのか、英語でどうメールを送ればいいのか、なんとしても取り返してやるという執念のスイッチが入った。シントラの宮殿や城跡などが見られなかったショックを、その方向に転換させていたのだと思う。人間の心は都合よくできているなと思った。(4500円は1か月半後に無事返金されてガッツポーズが出たし、臨時収入やと喜び、ビールとステーキに変わった。ただ払ったお金が返ってきたわけで臨時収入でもないんだが、これも都合よくできている。)
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何も見えない。
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さて気を取り直してロカ岬へ。
シントラからバスで1時間ほどで着いた。本当のユーラシア大陸最西端。
雨はすっかり止んでいて、風は暴風がビュービュー吹いていた。
「ここに地終わり、海始まる(Onde a terra se acaba e o mar começa)」
そう書いてある。
ここが本当の端っこなのだ。大西洋が大きい。地平線のはるか向こうは、アメリカ大陸だ。
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最西端ロカ岬に来てみて思ったが、ここは私にとっての大陸の端ではないなということ。そういえば沢木耕太郎の「深夜特急」でも、旅の最後はここロカ岬ではなく、サグレス岬に辿り着いていた。私にとってのユーラシア大陸の終わりもロカ岬ではない、やっぱりスペインのフィステーラだなと思った。
歩いて歩いて旅したゴール地点で、これ以上歩いて進む道はないということを、目の前に広がる海を見て感じた場所。
世界にとっての正しさよりも、自分の中の価値の方が意味がある。それを確認できたことは大きい。あくまで観光スポットとしてのロカ岬の来訪を終えて、またバスに30分ほど乗って、日帰りトリップの最後にカスカイスという町へ向かうことにした。
リスボンへの帰りの電車に乗るために立ち寄った町カスカイスだったが、ここにも荒々しい海岸があり、かわいらしい町もあって、それをつなぐ海沿いの遊歩道の散歩がとても気持ち良かった。
海岸の岩に腰をかけてピクニックをし、途中でジェラートを買って食べながら歩いた。午前中の土砂降りはなんだったのかというくらいいい天気だった。
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楽園とか地獄とか、
割と大袈裟な表現をされがちな
ポルトガル。
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リスボンからの日帰りトリップ。
天気にも運にも恵まれなかったが、こんな日もある。毎日旅をしていると、うまくいかない日もあるし、残念な日もあるし、心残りができることもある。
心残りは、次にまたここへ来るための理由になる。そういうポジティブな捉え方をした方がいいのは分かっている。
でも、私はどちらかというと、年齢のせいもあるが、次があるとは限らないことを知っている。心残りは心残りとして、ちゃんと残念な思い出として持っていればいいと思うようになってきている。諦念というか、何でもかんでも、思い出をポジティブに変えてしまいたくないという抵抗かも知れないけど。残念な思い出は、熟成すれば面白いネタにもなる。また残念な思い出が増えた。それでいい。ペーニャ宮殿の券売機とじっくり向き合えて友達になれたということだけは、ポジティブに捉えておこうと思う。
続く…
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