雨の日に頭の中で流れる、2016年のColdplayのあの曲
雨の日になると聴きたくなる曲というのがあって、
それを聴くと思い出される思い出がある。
2016年の1月にリリースされたColdplayのシングル、『Hymn For The Weekend』は大好きな曲の一つ。
この曲はColdplayがビヨンセとコラボしたことで話題になっていたが、MVがインドで撮られたというのが、インド好きとしては大注目の曲だった。
インドのカラフルで神秘的な映像が、私の好きな映画『落下の王国』を思い浮かべさせる世界観で、まるで4分のショートムービーみたいで、何度でも見入ってしまう。
ビヨンセも美しいんだけど、ボリウッド界の美女ソナム・カプールちゃんがいい味出してて良いのだ。
多分ムンバイの街中だと思うんだけど、ホーリー(祭り)の鮮やかさから、後半に急に南インドのカタカリが出てくる脈絡のなさが非インド人が制作したのだろうな。
などなど、
MVについて書き始めるといつまでも書けるくらい長くなるのだけど、
私がこの曲を聴いて思い出すのはインドではなくて、実は2016年春のスペインのとある雨の日の風景と、
イタリア人親子ディヴィッドとユーリのことなのだった。
スペインのカミーノの道を歩いていた時のことで、Carrion de los Condesという村からCaladilla de la Cuezaの村まで、お店もトイレも何もない平坦な一本道がなんと17kmもあるという恐ろしい行程から始まる。
水分を買っておかないと干上がってしまうよ、と会う人会う人にアドバイスされ恐れていたが、
起きてみると大雨で気温も低かったため、寒がりで頻尿な私はトイレの方が心配だという誤算が生じた早朝。
ピサの斜塔の近所に住む父ディヴィッドと息子ユーリと私と3人で誰もまだ起きてこないくらいの朝早く、
宿の玄関でポンチョを被るのをお互いに手伝いながら一緒に出発した。
物凄い大雨の中、前の日に買ったバナナを食べながら一緒に進んだ。もちろんバナナは雨でびちょ濡れバナナだ。
大雨だとディヴィッドの歩みがゆっくりになるので、私の亀並みのスピードとぴったり合って、ディヴィッドと私とでQUEENの『We will rock you』の前奏を歌いながら足踏みしながら歩き、ユーリはそれを黙って見守り仏のように微笑みながら進んでいた。
それでもいつの間にか亀の私は遅れを取り、2人に先に行ってもらい、のろのろ1人歩いた。
途中、奇跡的に雨が凌げる巡礼者用の休憩スポットのような売店があり、そこに入ると親子がいて、
疲れ切った父にユーリがタバコを吸いながら優しく話しかけていた。
私を見つけてユーリは
「How’s it going?」と笑顔で言った。
ユーリは「How are you?」と言うところをそういう言い回しをしたり、教科書で習わないような洒落た表現(私が英語に詳しくないからそう感じるだけ説)を使うので、それだけでカッコいいと思ってしまう私。
ちなみに、I’m fineとtiredとsleepy以外の粋な返事の仕方があればどなたか私に教えて欲しい。
一緒にコラカオ(スペインのココアみたいなドリンク)を飲みながら休憩をしている時だった。
売店のラジオからColdplayのあの曲がかかった。
前奏の鳥のさえずりが本物の鳥かと思ってなかなかこの曲だと気付かなかったが。
なぜか大雨の日にぴったり合う曲だなと思った。
雨の音とあの曲のリズムがちょうどいいハーモニーになっている気がした。
ユーリと私はサビを一緒に口ずさみ、
彼はクリス・マーティンに顔がよく似ていて、
適当に口ずさむ歌声が、Coldplayのライブの中盤にクリスが飽きたように手抜きをして歌う時の歌い方にも似ていて、鼻声の感じも似ているなあと思った。
ちなみに私はビヨンセ気分であった。
パパが疲れていたため、私が一足お先に出発することにし、ポンチョを被るのをまた手伝ってもらった後、「Ultreia!」とユーリは静かに励ましてくれた。
ウルトレイアとは「もっと前へ」という意味の、巡礼でよく歌われる歌のタイトルで、このかけ声も洒落てやがるなと感心したし、ハートをズキュンと撃ち抜かれる感じもあった。
店員がウィンナーを焼く煙と雨の湿気で霧みたいなものとが混ざって立ち込めていたあの売店で、
休憩所の屋根に激しく打ち付ける雨の音。
Coldplayのあの曲を聴くと、
今でもあの場面がセットで思い出される。
まだ1日の序盤なのに既にくたびれて足が痛くて半泣きで歩いている私に、その後追いついたユーリは
「No pain,no glory!」
と言って声をかけてくれて、空を指差して、
「No rain,no glory!」
と茶目っ気のある顔で笑いながら私を抜いていった。
「痛みなくして栄光は得られず」
まあな。そうだよな。
「雨なくして栄光は得られず」
雨続きの日々に、ユーリ自作の素敵な言葉を貰った。雨女の私にピッタリだと思った。
また私の頭の中に、Coldplayのあの曲の前奏の鳥のさえずりが聞こえてきた。Oh angel。
その後、ポンチョから出ている顔面と手がずぶ濡れになりながら、4時間近く、17km歩き通した先にようやく一軒のバルが現れた。
ずっと我慢していたトイレに行きたくて一目散でバックパックとポンチョを投げ捨ててバルに飛び込むと、少し早く着いていたユーリがパパディヴィッドと2回目の朝食のトルティーヤとカフェコンレチェを飲んでいた。
ユーリが優しく
「Waiting for you.」と言って笑ってくれるまで、
あの曲はずっと私の頭をエンドレスリピートで流れていた。
もうあの曲のタイトルは『No rain,no glory』でいい。
この日はそれからまださらに15kmくらい雨の中を歩いて、同じ宿にチェックインして、
3人並んで温かいシャワーを浴びた。
ユーリがボクサーパンツ1枚になっているのを一応見ないようにしながら。
私がタイで買ったサバイアロムのジャスミンの香りのボディーソープを3人でパスしながら使い回して、
3人とももれなく同じ香りになり、
一緒に晩ご飯を食べて、
一緒にストーブの前で靴を乾かして、
まだまだ続く雨の音を聞きながら同じ部屋で眠った。
この一日のことは、800km歩いた1ヶ月ちょっとの日々の中で、景色はほとんど雨で何も見えなかったが、
強く思い出に残る道の一つになった。
そしてこの日以降、私にとって
Coldplay の『Hymn For The Weekend』は、
インドのMVのイメージから
別名 『No rain,no glory』というタイトルになり、
『雨の日に頭の中で流れる曲』という存在に
永遠に変わってしまった。