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1983年の夏のサザンオールスターズと私

渋谷直角さんの新作「サテンDEサザン」がすっごく面白かったので、サザンのことについて書いてみたくなった。

日本中が小林綾子さん演じるおしんの姿に涙し、任天堂からファミリーコンピュータが意外とひっそりと発売された1983年の夏、スカっと志望大学に落っこちた私と何人かの友人たちは同じ予備校に通って高校4年生になり、浪人生らしい悲壮感も全く無くのほほんと生きて7月を迎えた。

夏休みなのでいちおう勉強するという体で神戸新開地駅の近くの大倉山図書館というところに日がな集まるものの、実際にはどうでもいい話をして飯を食ってたまにボーリングでもして家に帰る、心に残るイベントもなければ可愛い女の子とのときめくひと夏の出会いなんて程遠く、ただただ無為に暑い日々を過ごしていた。

そのころ特に仲のよかったのがUという男である。こいつは小柄で楽しい性格で常にボケまくるので私のツッコミ能力の半分くらいはこの男とのやり取りによる実践で鍛えられたものである。一方でUは東京に親戚がいるせいかなかなかオシャレで感度が高いこともあって、音楽やファッションなど色々なことを私たちに教えてもくれた。インターネットどころかPCも無い時代、こうやって地方都市に住む私たちは限られた大事な情報に心をときめかせていた。

そんなある日にUが「これめっちゃええで、聴いてみ」と手渡してくれたのが発売されたばかりのサザンの「綺麗」というタイトルのLPレコードだった。早速カセットテープにダビングして、奮発して買った自慢のソニーWalkman IIに入れて毎日聴いた。ここまで「10ナンバーズ・からっと」「タイニイ・バブルス」などで見せていた枠にはまらない楽しさと音楽的素養の高さはそのままに、よりバンドの成熟と内省が垣間見られた初期サザンの転換点ともなった秀作であり、これを経てバンドはその2年後に「KAMAKURA」という最高地点に到達する。今でも「マチルダBABY」のイントロを聴くと新開地駅の付近の道の夏のまぶしい光を、「そんなヒロシに騙されて」が流れるとたまに図書館で見かけた他校のちょっと可愛い女の子のことを、「EMANON」では阪急岡本駅から家に急ぐ自転車での夕暮れの感じを思い出す。

その後あたりまえのように大学入学後にバラバラになった私たちはお正月に会う程度になり、否応なしに少しずつ大人になっていった。Uはその年の大学受験にも失敗して2浪したがその後は無事に就職し、時が経って私たちはそれぞれ結婚したり引っ越ししたり子供が産まれたりした。Uだけはその間も神戸に留まり、50を過ぎても独身でいつも私たちにからかわれていた。いつも相変わらずオシャレな服装に身をつつみ、かっこいい車に乗って現れては冗談を飛ばすところは変わってなかった。

Uの訃報が届いたのは8年くらい前のあの頃と同じこんな夏の日だった。その年の正月に会ったばかりだったので「は?」という感情しかなく、それは今でも変わっていない。私たちは毎年年末になると六甲山の高台で神戸の海を見下ろすUの墓参りをするが、あまりUの思い出話をすることはない。あの平凡でくだらなかった夏の日々とサザンの「綺麗」は特に懐かしがったり感傷的になるような青春の記憶というものじゃなくて、ただ私の心のどこかにずっと”在り続ける”だけのようだ。

いま私はまあそれはそれでいいじゃないか、と思ってる。

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