【微艶小説】匂い
何処にいるか分からなくなる感覚が時折りおとずれる。
山崎まさよしの
『One more time, One more chance』
ふと聴きたくなる瞬間がある。
切なさで心をいっぱいにしたくなる。
頭の中までいっぱいにしてくれと音にまみれる。
10年、K県で過ごした。
7年をやり過ごし、
ピリオドを打つ為に5ヶ月の月日を故郷の地で暮らす妹のもとへ身を寄せたが、
最後の1ヶ月半は愛車と共にさすらう事になった。
彼の待つK県へ戻りたくても戻れぬ事情…
日々を日雇いの仕事で喰い繋ぎながら
家へ呼んでくれる友人を頼り、その日の寝ぐらを得ていた。
生まれた土地で過ごしているのに
家はなく、愛する人とは離れ離れ。
落ち着かない日々を暮らす、心細い気持ちを支えたのがこの歌だった。
Apple Musicで検索を掛ける
同じスコアなのに曲の表情が違う
少し、ほの明るくて希望を感じさせる
調べると2017年に歌い直されたものだった。
97年に歌われたそれは
もう逢うことが叶わない恋人の姿を探す千切れそうな男の心情が痛いほどに伝わってくる
逢いたくても逢えない相手を想い、
この歌に重ねて自分をあたためた。
心身共に疲れて、帰宅ラッシュのバスに揺られていた。
街のネオンが大きなフロントガラス越しにキラキラときらめく。
疲れ切ると、彼の匂いが恋しくなる。
久しぶりに脳内のレコードが奏でたのは、
『One more time, One more chance』
心も頭の中もいっぱいにして欲しい
いまは、哀しみの海に漕ぎ出したい。
バスの終点には
懐かしい匂いをくゆらせる
彼が待っている。
あの時とは別の、彼が。
喜びの循環^^