FB"ライブを"ポチッ"から癌サバイバーに 第8話
Wig ウィッグ
会社まではタクシーを使って通勤した。オフィスではできる限り、普通に行動しようと頑張った。しかし、昼休みには胃瘻で栄養を取らなければならなかった。受付の女性も、私の変容を見て、「大丈夫ですか」と声をかけた。
上司に「機敏ではない」と言われ解雇の書類を渡された。「何とか続けることはできないでしょうか・・・」独り言のような言葉だった。シングルマザ-になり、この10年、何度も転職をし、いろいろなポジションに就いた。この経験が活かされた願ってもない転職先で、やりがいのある仕事だったので続けたかった。試用期間を過ぎると解雇できない法律なので、会社側も急いだと思う。
自宅から病院までの送迎を依頼した介護タクシー社(医師から委託用紙をもらい、この費用も健康保険会社負担)が、たまたま会社から近く、オフィスまで迎えにきてくれた。連絡した時間通りにいつも到着し、放射線照射後も病棟に迎えに来てくれていた。サインだけ毎回し、最後に請求書を直接、健康保険会社に送ってくれた。
初めは運転手と話もしていたが、だんだん話すこともできなくなった。ドイツでは珍しい暑い夏だった。ロックダウンがちょうど終わり、カフェで楽しそうにおしゃべりをしている人々、自転車に乗っている人、マイン川のほとりを走っている人、太陽の日差しがまぶしかった。私もまたあんな風に自転車に乗ったり、走りたい、もう一度元気になりたいと思いながら、車の窓越しから眺めていた。
いつものエチオピア出身の運転手がではなく、介護タクシ-社の社長、若い黒人の男性が迎えに来ていた。「元気ですか」と私に聞いた。
以前にも一度彼が送迎をしてくれたことがあり、お話をしたことがある。以前はファイナンスアドバイザ-で収入も多かったが、仕事ばかりの毎日だったらしい。その仕事を辞めて、人のために何かしたいという想いでこの会社を立ち上げたそうだ。
うつむきながら「解雇されました」と答えた。
「えっ、病人は解雇できないですよ!」
「試用期間だったんです」
「クソッ/ Scheiße !」彼はハンドルを叩いた。
涙がどわっとでてきた。
放射線治療の台に横たわるのを看護婦と看護師が手伝ってくれた。いつもの看護婦が、私に「こんなに痩せて…ここに来る人はみんな痩せ細っていく・・・」
翌日、取り置きしてもらっているウィッグの店に、普通であれば歩いて8分で行けるお店だが、30分かかって着いた。「取り置きしてもらっているウィッグですが、仕事を解雇され、これからどうなるかわからないから、本物の毛ではなくてもいいので、他にもっと安いのはありますか」と私はお店の女性に言った。取り置きしてもらっていたウィッグは、こんなヘアスタイルになりたいと思うので、カラ―もとても気に入っていた。しかし本物の毛でできていたため14万ほどだった。病院から処方箋がでていたので、私の負担はその内の2万ほど。お店の女性は私をみて「私に何かできますか」同情の目で聞き、続けて「このウィッグ、千円でいいですよ」と言った。「えっ、本当にいいんですか??」彼女の優しさに涙がこぼれ、心から感謝した。
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