
第7回 自力の視力回復体験談 0.1以下から0.7まで1年4ヶ月 ~私の近視歴① 中学校入学直後の視力検査~星の力
神奈川県横浜市戸塚区の女性ライダー弁護士西村紀子です。
一人の弁護士として、一人のライダーとして、そして、一人の人間として、日々感じたり観察したりしたことで、皆様のお役に立つと思えることを、つぶやき発信していきます。
本日は、『自力の視力回復体験談』。
年齢40代半ば、
視力0.05~0.06(乱視あり)、
左は緑内障(眼圧等により視神経が欠損し、ひいては失明に至る恐い眼病)あり、
メガネ歴33年(コンタクト歴25年)
であった私が、一念発起により、1年4ヶ月で、視力を0.7(運転免許眼鏡等条件解除)まで自力で回復させることができました。
この体験から、多くの近視の方達に、
近視の視力は実は自力回復できる可能性が高い
ことをお伝えするための企画です。
本日は、第7回。内容は、“私の近視歴 自力の視力回復を目指すまで①” です。
私が、近視になっていたことを自分で知ったのは、30年以上前の、中学1年生のとき。
中学校に入学して早々にある視力検査で、突然、0.1と突きつけられたのでした。
私は、小学校時代は、視力は極めて良好でした。
親からは、常々、目は絶対に代えがきかないから、大切にしなさい、と言い聞かされて育ちました。
暗いところで新聞を読むと目が悪くなる、などとよく注意されていたものでした。
そういう注意はまあきいていたのです。
そんな状況でしたので、小学校6年生の視力検査までは、視力は極めて良好だったのです。
にもかかわらず、いきなり視力が下がった原因は、勉強・・
ではなく、当時大流行していた任天堂の『ファミリーコンピュータ』(以下「ファミコン」とします)でした。
懐かしい赤白帽子です。
そのファミコンで、やはり、当時大人気であったスーパーマリオブラザーズにはまり込んでいました。
親からは、ファミコンは1日30分と言われていたのですが、あまりの面白さに、到底守れず、こっそりと1日に1~2時間やってしまっいたものでした。
(親の気持ちはわかるのですが、30分という制限時間が短すぎた気がします。せめて1時間なら、守れたかもしれないとも今でも思います、、。)
視力検査を担当した先生からは、
「0.1。メガネを作った方がいい」
という無情な言葉。
ものすごいショックを受けたことを覚えています。
その後、しばらくは、親に言い出すことができませんでした。
(続く)