見出し画像

ゴッホに会ったら、言ってやりたいこと。

ある日赤ずきんが、お母さんからお使いを頼まれる。物語はすべてそのように始まる。小説を書くときの基本だそうだが、それは人生そのものでもある。僕らが社会とつながれるのは、誰かに何かを頼まれるからで、誰にも何も頼まれない人は、社会とのつながりを失ってしまう。(ちなみに孤独死しそうなじいさんにお茶会があるから、来ないかと誘っても絶対に来ないが、手伝ってほしい仕事があると誘えばたいてい来るそうだ。)

ところがややこしいのは、人は頼まれもしないことをしたがることだ。
誰もゴッホに絵を描いてくれと頼まなかったのに、彼は寝食を忘れ制作に没頭して、結局面倒を見てくれていた弟が結婚して子供ができると、もう厄介をかけるわけにもいかずに自殺した。神学校を出て牧師になったゴッホは教会の財産を勝手に貧民に分け与えてたちまち追い出され、娼婦を救済するために結婚を申し込んで断られ、といった、いわばKYの極北のような人だったから、そうなってしまったのかもしれないが、僕も頼まれもしないのに作曲しているから、これは他人事とも思えないことだ。

幸い僕には妻がいて、身重の時にもう働けないから働いてくれと頼まれて以来(それってモーヒーでは?)、月手取り15万円ほどをアルバイトで稼いで全額渡している。それで僕は人生を始められて、辛うじて社会とつながっていられるが、妻がいなければホームレスにでもなっているかもしれない。

アルバイトには正直興味も関心もない。だがそこが肝心なことだ。人はやりたくないことをやらなければならない状況に置かれると、やりたいことへのモチベーションが高まり、集中力が増し、創作力まで高まるからだ。僕は休日はほぼ作曲しているが、もっと時間があればなあと嘆きながら、おそらくこれがベストなバランスかもしれないとも思っている。

これが「ゴッホに会ったら言ってやりたいこと」だ。(決まったな)

可哀想だと思って一度聞いてやってください。


いいなと思ったら応援しよう!

鈴木典樹
応援ありがとう。