今日が大事な日ではないという認識に立つ、愚かさ
【毎日を本番ではなく、リハーサルとして生きてしまっている人びと】
※以下、読書よりの抜粋となります。
あなたは、どんなふうに死んでいきたいですか。
「いい人生だった。悔いはない」こんなふうに思って死んでいけたらいいけれど、「後悔したり、悔しい思いをしたりしながら死んでいく」のは、とても嫌だと思っているのではないでしょうか。
でも、たいていの人は後者として死んでいきます。
やり残したことがたくさんありすぎて、まだまだ生きていたいと思いながら死んでいきます。
けれど、本当は誰だって、幸せな気持ちで死んでいくことができるはずなのです。
ところが、ほとんどな人が真逆の結果になっているのには、原因があります。
それは、毎日を本番ではなく、リハーサルとして生きてしまっているからです。
あなたはよく「将来」という言葉を口にしていませんか?
若い人なら特に使う言葉だと思います。
将来、どんな仕事に就きたいか。
将来、どんな家庭をきづきたいか。
将来、どんなキャリアプランを考えているか。
このように将来を考えるのは、若者の専売特許ではありません。
70歳の人でも、将来は考えます。
「一週間後にこうしよう」
「明日はあれをやろう」
10年後、20年後の先のことでなくとも、ちょっと先の将来について、しょっちゅう考えています。
人は誰でも計画を立てながら生きています。
仕事の計画、旅行の計画、自己実現するための計画など、人は計画を立てるのが好きなのです。
そして、目標を立てて、それに一歩一歩近づいていくことこそ成功である、という考え方が一般的になっています。それを実現するためのノウハウ本も多く読まれています。
しかし、そういう生き方こそ、人生においてたった一日しかない「今日」という日を、単なるリハーサルにしてしまっているのです。
明日、明後日、もしくはその先にいつか来るであろう本番の日の為の準備に、貴重な今日という一日を費やす行動をくりかえしながら、毎日を消費してしまっています。
まるで、「今日は、しょせんは前準備の日だ」と言わんばかり。
今日が大事な日ではないという認識に立っています
それが毎日続くのですから、結局死ぬまで不完全でだらしない日々を送ってしまうことになります。
本番がどこにもない。
だから死ぬ瞬間が訪れたときに、どうにも不完全な人生を送ってしまった気がして、悔しい死を迎えることになるのです。
人間にとって一番大事な事は、今日を生きること、今を生きること。それしかありません。
目の前にある「今」を力強く生きる。
それが最も大切なことなのです。
では、具体的にどうすればいいのでしょう?
最も確実な事は、「今」を最高に生きるだけです。
なぜなら、明日という結果をつくるのは今日だからです。
今日の生き方が明日を変えます。
だから、今日が最高であれば、明日も必ずよくなります。
一日一日を明るく楽しい気持ちで生きていけば良いのです。
画像2編集後記
毎日、毎日を大切にしながら生きたい。分かってはいるけど、
嫌な事がおきたり、どうにも運に見放されたようで、物事がうまくいかない時だってあると思う。