『暗黒の乃木神社と暗黒の二百三高地vol.3』
「第一次総攻撃、ぼろ負けした第三軍」
1904年8月19日に旅順要塞への第一次総攻撃が始まりました。その時、乃木は砲撃の後、第三軍全軍に突撃による強襲を命じています。実は彼には成算がありました。日露戦争以前の日清戦争の際に同じく旅順要塞を彼はわずか1日で陥落させているのです。
ところが今回はそうはいかなかったのです。
二日間に及ぶ砲撃戦でロシア側の砲台をかなり殲滅させた日本軍は意気揚々と総攻撃を開始します。
しかし、日本軍には砲台を殲滅させたかのようにしか見えていなかっただけだったのです。実は乃木将軍自身もその事には気づいてはいました。しかし、保有する砲弾数が少なく、砲撃継続が不可能である事から計画どおり21日午前4時から突撃を命じざるを得ませんでした。
この砲弾不足はこの第一回総攻撃に重大な結果をもたらします。
ロシア軍の機関銃などによる反撃で日本軍は前線の部隊に弾薬を補給する為にほふく前進をせざるを得ず、その為に補給が遅れ、鉢巻山などを占領するもまた奪還されるという一進一退の攻防を余儀なくされます。
総攻撃は三日間に渡って行われましたが、日本軍は戦死者五千名余、負傷者一万人余という大損害を出し、中止せざるを得ない状況になってしまったのです。
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