真夜中に光る、玉の涙
良い季節になった。夜の風が気持ちよく、散歩がてら2㎞先の銭湯へ行った。ジェットバスで身体をほぐしたかった。
私はなんでも「やり過ぎる」たちで、案の定ジェットバスをやり過ぎて、のぼせそうになった。買っておいたミネラルウォーター1Lをほぼ一気飲みしてしまった。
そうすると、今度はお腹と手足がしびれ始めた。な、なんだ!?そしてそのしびれはどんどん上へ上へ範囲が広がってくる。心臓に来たらどうしよう、死ぬんじゃないか!?
あとで調べたら、低ナトリウム血症だったのではないかと思う。ジェットバスをやり過ぎて、次は水の飲みすぎ。アホだ。脱衣所でしばらく休まざるを得なかった。
そんなことがあり、銭湯を出たのが午前0時を回ってしまった。また2㎞の道を徒歩で戻れるぐらいに快復。歩いて帰る私も呑気だ。
心地よい夜風。閑静な住宅街の中に続く道。温かな静寂があたりを覆っていた。
そんな道の先に人影が見えた。子どものようだった。だんだん近づくにつれ、10~11歳ぐらいの少年だということがわかった。
彼がそこにいる事情は全くわからない。それとなく彼の横を通り過ぎようとした。
しかし「こんな真夜中に子どもが道にいるのがおかしい」と思い直した。放っておけない。そう思って踵を返し、来た道を戻って少年の元に近づいた。
「大丈夫?どうしたの?」と、少年に問いかけた。意外と少年は驚かず、怖がることもなく、まっすぐ私を見て「親と、喧嘩しました」と答えた。その目には、蓮の葉にころがる玉のような涙がたまり、街灯の光を反射してキラキラ輝いている。
「喧嘩しちゃったのかぁ。でも、真夜中を過ぎて外にいるのは危ないよね。帰ろうか」と声を掛けると、少年はうなずいた。
「一緒に行ってあげようか。どこのおうち?」と問うと、30mほど先の家を指さした。温かな明かりが灯る家だった。私と少年は距離を保ちながら前に進んだ。
こういう時は、虐待かどうか見極めなければならないのだろうか。しかし私には専門知識がない。真夜中に子どもが外にいるからって警察に通報する?頭がぐるぐる回った。
「明日も学校だよねえ。早く寝なくちゃね」と話しながら彼の方を見て、様子を確認した。少年はふっくらと栄養状態もよさそうで、顔や体に傷はなく、日焼けもしてつやつやしている。
何より、知らない大人に対して素直な受け答えができる。少年は親御さんや周りから愛情を注がれて育てられていることが推測できた。
「ここです」と少年は家を指さした。
「一人で入れる?」と聞くと、少年はうなずいた。
「素敵なおうちだね。親御さん待っているよ」というと、少年は玄関に向かった。
「じゃあね」と、私は再び歩き始めた。後ろを振り返ると、少年はまだ玄関の前で躊躇っていた。私が手を振ると、少年も手を振って、家の中に入っていった。
私にとっては、温かなやり取りのつもりだった。
しかし、よくよく少年の立場になって考えると、私の顔は病み上がりの青白いすっぴん。衣服は上下とも、スニーカーとバッグまで白。もしかして、幽霊に見えたかもしれない・・・親御さんに「知らないおばさんに声を掛けられて怖かった」と泣きついていたかもしれない。
ただ、その怖さのせいで我に返り、喧嘩した悲しさを忘れられたらよいのだけど。
少年への声かけは「やり過ぎ」だったか。それは少年とその親御さんが感じることだろう。このご時世、私の方が警察に通報されてもおかしくない。でも、それを覚悟で私は少年に声を掛けた。
少年の目にたまっていた、玉のような涙。「あんなきれいに透き通ったつぶらな涙は見たことないなあ」と思いながら帰った。何があったのか私が知る由もないが、少年が今朝、元気に目覚めていたらうれしい。