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「スマートフォンは一人一台の時代は終わったのかも知れない」から考えたこと。

【周りを見渡して見ると】
どうやら、スマートフォンは一人一台という時代が終わったようだ。一人で2台という人も増えている。いわゆるマニアや、私のように仕事で検証などのために必要、という人でなくても、一人で2台持ち、という人が増えて来ている。さすがに3台以上を使い回す、という人はいないようだが。多いのは、会社から支給された「仕事用」と、自分で買って持つ「プライベート用」という人だ。こうすることで、同じLINEなどの即時のメッセージ伝達手段を持つときに、本体の使い分けで間違った相手に間違ったメッセージを送る、ということが避けられる。また、個人の銀行口座のアプリなどはプライベートのスマートフォンにすることによって、会社レベルでの情報漏えいなどの場合に起こり得るリスクを避けることができる。もともとプライベート用は家族のコミュニケーション手段であることが普通で、会社支給品は会社の業務でのみ使うことが、会社支給のスマートフォンの誓約書に書かれていたりするので、これは妥当なことだろう。などなど、これらがスマートフォンを二台持つ理由のほとんどのようだ。まだ、正確な統計は見たことがないが、明らかに「スマートフォンの二台持ち」は増えているように、自分の周囲では感じることが多くなった。自分のように「仕事で複数持つ必要がある」というのは、珍しくない時代になった。

【送信間違いってあるよね】
スマートフォンなどの事故でよくあるのは「メッセージなどの送信間違い」「メールの送信間違い」ではあるのだが、やはり「別の個体を持つ」ことで、そのリスクを減らすことができるのは、言うまでもない。ところが、会社支給品のスマートフォンであっても、個人持ちのスマートフォンであっても、例えば家庭内に病人を抱えている場合などは、両方に同じメッセージングアプリを同じIDで入れる、という場合ももちろんあるだろう。人の状況が一律同じではない以上、常に「例外」は多いもの、と考える必要がある。この要望にもアプリ開発メーカーはこたえる必要がある時代になった。仕事のメールをしている最中に「母親の様子がおかしい」などの家族のメッセージにすぐこたえる必要がある、なんて場合も、考えられる。アプリメーカーには柔軟に対応をして欲しいところだ。

【複数のスマートフォンで同じアプリを使うと】
ところが、アプリを開発する側は一人の人間が2つ以上のスマートフォンを使う、ということを想定していない場合がまだ多いようだ。もちろん、セキュリティ上のリスクとか、アプリ開発会社としては、アプリの開発をなるべく簡易なものにして、開発費を減らすとか、バグ対応など維持管理やクレーム対応を減らして、開発原価・保守原価の低減を図る、などの理由はあるだろうが、使う側からすれば「複数のスマートフォンで同一のIDのメッセージ等のやりとりができないアプリは欠陥を持ったアプリ」という認識がやはり拭えない。

●あるIP電話アプリでは、複数のスマートフォンに同一ID(同一電話番号)を設定できるが、着信時は1つのスマートフォンにしか着信しない。手持ちの複数のスマートフォンのうち1つが手元に無い、という場合など、緊急の電話を受けられない、ということになる。

●メッセージングを中心とした有名なアプリでは、1つのスマートフォン(電話番号)に1つのIDしか付けられない。これも、緊急を要する着信を逃すことがあったりして、本当に困ったことがある。機種変更の場合などは、手間もかかる。

【「同一IDで複数端末OK」のなんと便利なことか】
逆に、現在既に複数のスマートフォンを同一IDで使えるアプリも多い。これは、日本以外の国が発祥のものが多い。Googleの有名なメールアプリである「Gmail」は、スマートフォン1で途中までメールを読んだ後、残りのメールをスマートフォン2で読んで、そこで返信をする、ということができる。これは非常に便利で、また、PCでもタブレットでも同じ条件で使うことができる。

また、SNSでも同じように1つのIDで複数のスマートフォンのアプリを使えるものがあり、これは同じように複数スマートフォン使用が前提のメッセージング機能もついているので、非常に便利だ。このメッセンジャーアプリでは、着信があると、アプリをインストールしている全てのスマートフォンで同時に着信が知らされ、どれか1つのスマートフォンでそれを受け、メッセージのやり取りをすると、その履歴が他のスマートフォンでも見ることができる。つまり、同一IDを設定している限り、どのスマートフォンで受け答えをしても、全く同じ条件での受け答えができる。また、これはPCのブラウザでも同じ条件でできる。これが「当たり前」ではないだろうか?少なくとも「使う側」からすると、それは当たり前に思えるのだが。

【IP電話ができた今・携帯電話会社も】
いくつかの大手の携帯電話会社では「電話番号」と「スマートフォン本体」を「本人」と同一とみなしていることがまだあるようだ。ところが、携帯電話会社の割り振った電話番号以外でも、別のアプリ開発会社のIP電話アプリを入れて使うと、1つのスマートフォンに、本体の電話番号以外の複数の電話番号を付けて、発信も着信もできる。

さらに、日本では、最近の総務省の指導により、先進諸外国と同じ「通信契約(SIMカードにその情報が入っている)」と「本体製品」は別、という考え方を導入する動きが広まっている。大手通信会社系列の携帯電話会社でも、通信契約とは別に本体だけ売る、ということが総務省から指導されている。そのため「SIMカード取得(通信契約)はA社で行い、スマートフォン本体はB社で買う」ということができるようになっている。今やSDG's推進の世界なので、場合によったら、そのB社で買うスマートフォンは(A社の通信規格に適合している限りにおいて)安価な中古品でもいい。

更に、それとは別にIP電話会社と契約すると、1つのスマートフォンに2契約以上の通信ができる(2つ以上の電話番号を持つ)、ということもできるようになった。「一人の人が1つの電話番号を持つ」時代ではなくなった。別の言い方をすれば「電話番号」はもはや個人特定の手段としては不完全である、ということになった。「電話番号を持つ意味」が軽くなったのだ。SNSのメッセンジャー機能で電話番号を持たずに電話する、というのも増えた。電話会社経由での「通話」は「データ通信の一つのかたち」でしかない。通信手段によって付けられたIDで個人を特定することは、もう出来ないのかも知れない。しかも、最近の傾向として、家に置く固定電話そのものの数が減っている。「一家に電話が一台」ではなく「一人に電話が数台」の時代になり、その数台でも、複数の電話番号がそれぞれに契約できる。

【電気通信も時代とともに変わる】
インターネットなどの基盤となっている電気通信網の発達は、それが非常に高価であった時代から、安価で誰もが手にできる時代に変わった。しかも、無線があり、デジタル化で通話以外のデータも通る。暗号化は当たり前で、通信事業者はそのデータが音声なのか、画像なのかもわからない。日本の法律では通信事業者が通信の中身を覗いてはならないことになっているが、たとえ覗こうとしても、わかることは労多くして数少ない。日本が高度経済成長期であったときに、そのお金にものを言わせて、その当時の電気通信の技術事情をもとに、数々の法整備を行った。しかし、その法整備はこの数十年の間に、技術や事業の形態が変わり、コストも変わった。法律もこれに合わせる必要があるが、法整備のために必要な時間が技術開発の時間に追いつかない。多くの人の頭の中や民間会社の通信に関する約款も追いつかない。いま、そんな時代に私達は生きているのだろう。利用者から文句は多々出てくるものの、統一性が取れないほど、技術の発展のスピードは速く、さらに国や地域をまたいで広域になった。人が数千年の歴史で紡いできた文明の、そういう意味では転換点なのかも知れない。誰のせいでもない。人間が自ら良かれと思って作ってきたものが、起こした結果が「こういうこと」だ、と言うだけだ。

【電波通信そのものも永遠ではないのかも知れない】
某月某日。欧州のある通信キャリア会社の役員が面白い発表を行ったことを覚えている人はそう多くないだろう。それは「5G」の先にある(この記事執筆時点ではまだ規格の完全に決まっていない)「6G」に関する発表だったのだが、そこで彼は「6Gはこれまでのような電波を使わないかも知れない」と言った。なにかの、全く新しい電波を使わない無線通信に関する技術開発が行われていることを、その発言は示唆していた。その前後で「重力派通信」に関する話題もあちこちで少しは見られたことも思い出すが、それが重力波そのものであったかどうかはわからない。6Gでそれが現実のものとなるかどうかはわからないにせよ、結構近い将来に、今の「電磁波による通信」ではない、全く原理の違う「無線通信」が実用化される可能性がある、ということは確かなようだ。であれば、今の「電波法」は、見直されなければならない、ということになる。

実は、現在の電波通信でも、一定以下の強さの電波は「通信のための電波」とはみなされない「自然界に存在するノイズ(雑音)」としてしか認識されないのだが、その弱いノイズに埋もれた弱い電波でも、それを数多く束ねることによって強い電波と同じ通信ができる、という技術も現在はある。この技術を使うと、電波法に触れないで、遠距離での無線電波通信が出来てしまう。法律が出来たところで、そういう「適法電波」の発見はできない、ということにもなるし、誰に迷惑をかけることもない。

そこに電波以外での「無線通信」が加わったら、完全に遠距離の通信の統率は不可能になるだろう。そういう時代の新たな法整備が必要な時代になったのかも知れない。ただし、現在の電波法の趣旨は「他の電波通信を妨害するなどの悪影響を与えない」ことが趣旨であるから、現在の法律の趣旨から言えば、特に問題は無い、ということなのかも知れない。法律を作る原点に立ち返って、新たな事実や技術の扱いを考えなければならない時代に、私達はいるのかも知れない。

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