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「頭の良さ」を何に使うか?というのは自分で決めよう。

【「地頭」という単語の方向性】
こういうnoteがあったので、興味深く拝見した。世の中では「地頭がいい」「地頭が悪い」みたいな、そんな表現を良く見る。しかし、こういう「地頭」という言い方には明らかに一つの方向性が見える。

【「頭が良いのに学校の成績が悪い」の言い換えだよね】
「頭が良い」の定義が「学校の成績が良い」というのは「頭が良い人間はその頭の良さを社会の中の自分の地位向上や社会貢献に使うはずだ(べきだ)」という価値観の前提があってこそ、なんだね。それを逆に言えば「頭が悪い人間は世間の役に立たないことしかできない」ということでもあるけど、一方で頭の良い人は、自分の社会的地位向上や世の中のために、なにかできるけど、そうではない趣向や価値観もある、ってことだよね。

【多様な価値観を認める社会】
「多様な価値観の認められる社会」であるならば、その「頭の良さ」を、なにもそんな、他人の評価と関係のあるところに使いたくない、という「意思」「好み」「興味」とか「自分なりの価値観」もあっていいはずなんだけどね。

【「地頭」を言うのは頭が悪いからかな?】
良く「地頭がいい」とか言うよね。それも同じ前提を肯定しているから、そういう言い方にしかならないんだね。「本当はきみは頭がいいんだから(学校の成績も良いはずだ)」というのも同じだね。学校の先生は「学校の勉強に興味がない」という子供がいることを「許せない」んでしょうね。

【頭の良さは自分の好きなことに使おう】
自分に頭の良さがあったとしても、それを何に使ってもいいよね。他の人に迷惑かけなければね。とぼくは思うので、別に学校の成績が悪くてもいいし、会社で良い仕事をしなくてもいいし、社会に広く認められなくてもいいよね。

自分のアタマなんだから、自分でどう使おうが、他人があれこれ言うことじゃないよね。

【「好きなこと」をすることは実は役に立っている。実例もある】
でさ、そういう考えは実は人間が生きる場所の新たな開拓につながるんだよ。今は良いとも悪いとも他人からは思われないし、無視され続けるというか、多くの人にはわからないことをやるのが好きならば、それだっていいわけで。それでいいんだ、ってことね。ぼくらが、それが世の中に影も形もない時にインターネットをはじめたときも同じだったから、それは良くわかる。自分が頭が良かったかどうかは自分ではわからないけど、すげぇワクワクした。今となっては、好きなことをしていた、ってことだね。それを許してやらせてくれた親や社会には感謝しかないし、こんな時代を作る基礎になった半導体技術とか電子技術を作ってきた先人には、頭を下げざるを得ない。

【「わかりやすいこと」は「騙す」から気を付けて】
逆にね、「これがAIです」って、「それらしいもの」がでてきて、大騒ぎしているものね。それってわかりやすいけど、そういうものは警戒した方がいいよ。大抵はそういうものはほとんどの場合は「騙し」だからね。

【「イノベーション」はそれらしいところには無い】
最近良く言われる「イノベーション」だって、今から考えれば、ここしばらくはインターネットくらいのイノベーションはまだ人類にはないよね。SNSでもなんでも、今その上でみんながあれこれしているだけだよね。また、新しいインターネットの出現くらいのイノベーションが欲しいねぇ。

【インターネットが開けた人類の新時代の扉】
インターネットが出てきたときに、ぼくらはワクワクした。だから、それに触れたとき体中の血湧き肉躍る楽しさがあった。自分の書く一行一行のプログラムが世界を変えていく実感があった。自分にとってはまさにエンターティンメントそのものだった。だけど、始めたときは、多くの人は「それ」が見えていなかったんだな。

【好きなことをしよう】
結局、好きなことをしよう、それがうまくいくときも、行かないときもあるだろう。でも、その中にしかイノベーションはない。イノベーションを起こそうとしてできるものではないから、なんだな。

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