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いま「コロナを思え」。

「忘れない」は、意識して積極的に行うこと。

【喉元すぎれば熱さ忘れる】
そういうことなんだな、というのは最近思う。「喉元すぎれば熱さ忘れる」という格言があるが、人は意識していないと、過去をどんどん忘れて、目の前のことだけが世の中の全てだと思ってしまう。こうやって文章にして残すとか、数字として統計などに残すなどの「人間の知性による行動」ではじめて「過去」から学び、将来をより安全なものにすることができる。「歴史からの教訓」だね。そして「喉元過ぎれば熱さ忘れる」を一生繰り返すのを「バカ」と、我々は言う。

【賢者は過去から学び愚者は経験から学ぶ】
そして、世代を超えた「学び」とは「数字」「文書」で学ぶ、ということだ。「自分の経験が一番」と思う人は「愚者」ということになる。この格言の通りであれば。そして「学び」というのは、つまり、そういうことだ。自分の学びのために他人の文章を読もう。他人の学びのために書き残しておこう。

【「確率の確率」は無い】
特にSNSでの情報拡散を見ていると、そんなことを思う。いま(2022年11月14日現在)、コロナは感染後の重症者の割合はかなり低くなっているが、それでもないわけではない。そうなる確率は非常に低いとは言うものの「自分がそうなるかどうか?」は、神のみぞ知る。これは統計の数字には出て来ない「確率の確率」なんだな。

【いま、あえて書く「コロナ」】
私は2020年にコロナにかかった(noteに書いた)。どこでかかったのかは全くわからないが、発症数日前に沖縄に仕事で行ったときにかかったものではないか?と考えているが、そうでは無いのかもしれない。こればかりはウィルスに聞いて見る他はない。そして、発熱があってコロナと判定され、病院に入って4日後に重症化。この4日間に、当時治療薬と言われたものは全部投与されている。そこから、なぜ重症化したのかも未だにわかっていない。私は「ハッピーハイポキシア」というやつで、ICUに入っても、苦しいなどの自覚症状が全く無かった。しかし、CT、レントゲンでは肺がめちゃめちゃに壊れているのがわかって、緊急でICU行きになった。そして、ICUで2週間。なんとか生還して、一般病棟に。それから1週間ほどで陰性に。そこで自宅に戻っても良かったのだが、身体が運動をしていないので、一階と二階の階段の上り下りにも難儀したので、そのまま自主判断でリハビリの病院に転院。そして、さらに2週間で退院して、なんとか階段の上り下りは大丈夫になった。

【コロナの後でがんに】
その後半年は自宅で療養期間だったが、それが終わった頃に血便が出て大腸がんが発覚。昨年末に開腹手術。開腹まえはStage-1だったが、開腹時にリンパにがんが飛んでいるのが確認され、手術後にStage-4。そこからは通いで抗がん剤生活半年。今年夏には抗がん剤終了で、ガンは消えた。それから3か月後検診でもOK。この年末には術後1年になるので、そこで精密検査予定。

【がんはコロナ後遺症?】
いま思えば、がんだって「コロナ後遺症」かも知れないが、まだ詳しいことはわかっていないし「後遺症」と言っても、座ってばかりなので「二次的疾患」なのかもしれない、など、そういうことだってあるかもしれない。が、本当のところはおそらくわからないままなのだろう。

【マスクをすることの意味を再確認する】
いま、SNSなどでは「マスクをしない」みたいな話があって、それがあたかも「進歩的」みたいに言っているが「確率の確率は無い」のだ。であれば、いくら確率が低くてもマスクは外さないように、と言うしかない。ウィルスには「変異」というものがあるのは、このコロナでよくわかった、という人が多いだろうが、ウィルスが無症状でも拡散をすると変異する場合が増えるんですよ。こういった流行性のウィルスは変異の度に軽症化する、という話は一般的にはあるんだけれども、それが全てでもないんだな。コロナだって、もともとは大した症状も伴わない風邪の一種だったんだが、なにが原因かわからないうちに「重症化するウィルス」になったし、100年前のスペイン風邪のときも、収まったかと思われた3年めに重篤な症状を伴う変異ウィルスが出てきた、ってこともあったんだな。もちろん、身体の弱い高齢者にうつすと危険、というのはあるのだが、こういうこともあるわけで。

【自分の「後遺症」】
いま、後遺症と言えるものはおそらく「PTSD(トラウマ)」だけだ。「感染に対する恐怖」からは抜けきれていない、と思う。思えば「戦争の前線に行ってきたようなもの」なのだから、客観的に考えて、無い方がおかしいくらいだろう。ただ、それが自覚できる。十分注意している、というだけだね。これはおそらく「愚者」である自分の体に刻まれた「記憶」なのだ、とあらためて思う。

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