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AIを実感する「作曲AI」
作曲AIを使って、自分の作詞したものを音楽にしてみた。
【現代にもしも】
この現代日本に、もしも「反戦歌」というものがあるなら、どんなものになるだろう?と、思って考えて歌詞を作り、それを作曲AIで現代感覚の曲にする、という試みをしてみた結果がこれだ。このリンクで、利用したAIサイトもわかる(このサイトでは有料のプランで作った曲の著作権は作者その人に帰属する)。
【やってみて分かったのは】
こういう曲を実験的に書いて、自分で聴いてみて浮かんできたのは、現代の忙しい給与所得者の姿を象徴した「過労死」や「ブラック企業」という「仕事と死」というのを象徴するキーワードだ。
【現代日本の「仕事」】
いま、私たちが身を粉にし、メンタルを危機に晒し、場合によっては一生ついて回る後遺症、あるいは死、ということでは「仕事に行く」と「戦争に行く」と言うのは、日常という時間において、あまり変わらないのじゃないか?ということだ。
【「仕事」化する戦争】
そういえば、と思い当たるのは、昨今の戦争で多く使われる「無人・特攻ドローン」だ。現代においては、既に人が乗って命中精度を高める「特攻」は必要ないし、実際に使われていない。爆発物を持った無人のドローン(ドローンの定義は「無人」であることで、あの複数のプロペラを持った形状とは関係ない)がターゲットに体当たり爆破をする。そうなると戦争に赴くとは言っても、オフィスに出向きリモートコントロールで体当たり攻撃をするドローンをデスクの上で操縦する、ということが考えられる。画像認識AIも入れば、攻撃者はターゲットを特定したら、後は画面上のボタンをクリックすればOKかもしれない。
戦場に赴く「彼」は、どこかのオフィスに行ってドローンのオペレーターをして「戦って」いるのかもしれない。
【ブラックとホワイト】
もちろん「ブラック企業」と言われるほどひどくない職場は多いだろうが、逆に働きやすい職場では「ホワイト企業にいると、もしも転職ということになり、その先が今より待遇が悪いブラックだったら、そこでは生きていけないのではないか?」という危惧が現代の若者にはあって「落ち着かない」ということがあるのだと言う事実だ。
【「父よ母よ」「妻たちの思秋期」】
1970年代から1980年代にかけて、共同通信にいた斉藤茂男さんというジャーナリストの作品で、その時代の普通のサラリーマン家庭の家族を描いた一連のルポルタージュ「職場に父を取られた家庭」を描いた「父よ母よ」(木下恵介監督で映画にもなった)、「妻たちの思秋期」を思い出すのだが、あの時とあまり変わらない日本人の労働が、むしろ「現代の反戦歌」を作って聴くと見えてきた。
【戦争とは言っても】
戦争とは言っても、今でも経済戦争で日本は敗戦していると言われ、追い詰められ、行き所もなくなった人を作り死者も出す。「仕事」と「戦争」は、変わらないのかも知れない。そんな思いが、ふと湧き上がった。
【現代の反戦歌を作ることでわかったこと】
日本人に限らないのだろうが「労働とは何か」と言う新たな問いが「現代の反戦歌」を作って聴いてみると分かってきた。
【歌が手軽に作れるということ】
普通の人でも手軽に非常に低いコストで、多くの人の情動をより簡単に呼び起こす「歌」を作れる時代になった。
そんな事を思った。