短編 : タクシーが捕まらない男
深夜の大通り、曲がった背中は街に繰り出した。その途中、どんよりとした空の下を、切り裂くようにタクシーが自分の横を通り過ぎていく。黄色に塗られたボディは他の車に比べて異彩を放ち、いかにも見つけて欲しそうに、でも道を急ぐように見えた。この近辺は道が開いていることもあり、タクシーを捕まえるのにはもってこいの場所である。
男は久しぶりに昔の思い出に浸りたい気持ちになった。若い頃は、夜な夜なタクシーを捕まえては街中を当てもなく、走り回ったものである。ネオンが次々と変わる景色は、まるで動くメリーゴーランドみたいだった。そういえば、あの時は、金もあったし一緒に回る連れもいた。男は昔を取り戻すように手を上げた。
しかしながら、しばらく手を挙げるもタクシーは捕まらない。追い討ちを駆けるが如く、大粒の雨が地面を黒く染め始めた。(なんなら傘をもってくればよかった)。足取り重く、ゆったりとした隆起を下って帰路を目指す。沈んだ気持ちにはなったが、ショーウィンドーには雨で化粧をした街が写っていた。(まあ、こんな日もあるよな)。男はそう思えるような気持ちになっていた。
外灯の光は無数の雨粒に反射して、眩いランウェイを作り出す。その上を歩く曲がった背中は、なぜか大きく見えた。