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予測とシナリオの違いの重要性について(NHK「視点・論点」出演補足その2)

その1からの続き)

ただここで、一点気をつけて頂きたいのが、実はこれは「予測」ではないということです。実際、報告書のなかで「予測ではない」とはっきり書かれています。それではこの報告書が示しているものが何なのかといえば、各国政府の気候変動政策が達成されたと仮定した場合の「シナリオ」であるということです。つまり、「各国で掲げられた目標のまとめ」のようなものです。

番組出演原稿より

IEAの報告書の主張が「予測」ではなく「シナリオ」であるという、一見どうでもよさそうなことに強くこだわったことには理由があります。

まず、事実として間違っているということがあります。番組でも述べたように、報告書内では「予測」という言葉は使っていませんし、はっきりと「予測ではない」と書かれているのにも関わらず、日本を含む一般的なメディアでは報告書の内容を「予測」として紹介しています。

こちらはGoogle検索結果の一例ですが、どのメディアも「予測」として紹介しています。なぜこうなってしまうかと言えば、元々IEAも10年ほど前までは「予測」といえるような「成り行き」あるいは「BAU(business as usual)」に相当する「レファレンスシナリオ」をメインシナリオとして発表していたので、その頃であれば必ずしも間違いではなかったこと、「シナリオ」よりも「予測」の方が意味がわかりやすいこと。報告書のタイトルが「World Energy Outlook」となっていて、この「Outlook」は一般的には「見通し」と訳され、これを「予測」と解釈してしまう場合があること、などが考えられますが、メディアはIEAの発表を例年どおり報じることが慣例となっていて、本文をろくに読まずに記事を書いているからだと考えられます。実際、私は上記の朝日新聞の記事でコメントを引用して頂いたのですが、取材は報告書発表の前に行われ、発表後にこの引用のままで良いかの確認があっただけでした。

IEA側は、本来間違った報道のされ方をしている事に対して抗議してもおかしくないのですが、長年この状況を放置していることから、黙認していることがわかります。つまり、報告書の本文では「予測ではない」と予防線をはっておきながら、誤解されることをわかっていてそれを放置し、戦略的に利用しているのです。

前回の投稿ここで書いたように、IEAのWEOの内容はここ数年で急速に変化しています。つまり、従来の石油の安定供給のための低減を行うため組織(かつ信頼されるエネルギー研究機関)から、西側、特に欧州諸国のエネルギー・環境政策の事情を強く反映した、その価値観を世界に伝播するためのプロパガンダとしての側面が強い組織に変わっているということです。IEAという組織の権威と信頼を利用し、「予測」と報道されることを見越した上で、主張したいメッセージに即したシナリオを作成し、本文では研究・実証的な記述をしながら、エグゼクティブ・サマリーやプレスリリースでは規範的なインプリケーションを強調するという手法です。これは、IPCC報告書の本文と「政策決定者向け要約(SPM)」の関係にも似ています。

番組でお話したように、化石燃料需要をシナリオを予測として捉えることで過小に見積もり、開発投資が減少して供給不足に陥るリスクがあるという問題も確かにあるのですが、一般的なイメージとは違い、石油など化石燃料の開発に向けられている投資は実際には増えていて、不景気リスク等を考えると、現在は若干の供給過剰気味ではないかという可能性も十分あります。

むしろ問題にしたいのは、将来の描き方には「予測」「予想」「シナリオ」「計画」「目標」「見通し」「道行き」「ロードマップ」「ターゲット」「ビジョン」「チャレンジ」など様々な種類があり、その違いについて日本人はもう少し解像度を上げて理解すべきではないかということです。

例えば、放送でも述べた「エネルギー基本計画」が実際には「計画」とは呼べないものになっているのにも関わらず、そうみなされてしまっている問題があります。また、日本の公式の2030年度の温室効果ガス削減目標は46%減ということになっていますが、これは達成義務のあった従来の京都議定書時代の温室効果ガス削減目標とは異なり。目標未達だったとしても罰則規定のない努力目標のようなものです。

日本人は、「計画」や「目標」と聞くと、絶対に達成しなければならない数字としてとらえ、もしその数字を実現できなければ責任を取らされるとつい考えてしまいますが、実際にはそのような数字ではないものまでそう考えてしまうことで、様々な齟齬が生じています。

私はこの状況をなんとか打破したいと、メディア関係者や様々な所でお話するのですが、なかなか理解していただけません。

(続く)

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