カタールW杯4日目に起きた大事件。2戦目、コスタリカ戦のスタメンに注目すべき理由
前半を終えた時、日本がドイツに1-2で逆転勝ちする姿を想像できた人はどれほどいただろうか。
ドイツ対日本戦。前半は圧倒的にドイツのペースだった。日本にチャンスはほぼゼロ。なんとかPKによる1失点で済んだが、内容を見れば2-0、あるいは3-0にさていても全くおかしくなかった。後半が始まってもドイツペースは変わらず。ドイツがいくつかあったチャンスのうち一つでも決めていれば、日本の勝利はなかった。引き分けに持ち込むこともできなかったと思う。日本には多少運があった。逆にドイツは運がなかった。勝つべき試合をドイツは落とした。これが率直な感想になる。試合には勝ったが、もう一度戦えば、ドイツは同じ過ちは犯さないだろう。もしこれが180分(2試合)のチャンピオンズリーグ(CL)であれば、その行方はまだわからなかった。あらためてドイツの実力を知らされた試合でもあった。
180分ではなく90分の一本勝負。これがW杯が面白くなる大きな要素のひとつだと思う。CLよりW杯の方が番狂わせは起きやすい。CLには強者が対応策を練る時間があるが、W杯にはない。ハーフタイムに限られる。試合中に相手を驚かすことができれば、無理矢理にでも自分達のペースに引き摺り込むことができる。このドイツ戦がまさにそんな感じだった。
後半の開始から日本は左ウイングの久保建英を下げ、センターバックの冨安健洋を投入。布陣を前半の4-2-3-1から、5-2-3ともいうべき5バックの布陣に変更した。さらに後半12分には左ウイングバックの長友佑都を三笘薫に、センターフォワードの前田大然を浅野拓磨にそれぞれ交代。存在感が薄れていた2人を下げ、チームに新しい血を投入した。試合は相変わらずドイツペースではあったが、後半のこの辺りから、前半に比べれば、日本がボールを保持する時間は徐々に増えていた。なんとなく試合が撃ち合いの模様を呈するようになっていった。
繰り返すが、その時でも試合はまだ1点差だった。日本が諦めることなく、それなりに相手に圧力を掛けることができた理由になる。そこからさらに後半26分には守備的MFの田中碧を下げ、右ウイングに堂安律を投入。それまで右ウイングを務めていた伊東純也が左にまわり、田中の下がった守備的MFには鎌田大地が一つポジションを下げる格好になった。そしてその4分後、今度は右ウイングバックの酒井宏樹から攻撃的MFの南野拓実にチェンジ。酒井のいなくなった右ウイングバックには伊東純也が下がり、南野は左のウイングにそのまま入った。
この時点で、日本は交代枠の5人を全て使い切った。日本の勝因をあえて言えば、この森保監督の大胆かつ素早い選手交代になる。しかも布陣をガラリと変え、各選手のポジションも交代のたびに大きく入れ替わっていった。これまでの森保監督からは想像もできなかった采配を、このW杯の初戦で実行した。日本代表を見慣れているこちらも驚いたのだから、ドイツはおそらく相当混乱したものと思われる。4人目の堂安が入った前後くらいから、試合のムードは前半とは大きく変わっていた。日本にゴールが生まれてもおかしくない、試合は明らかに日本の流れになっていた。
試合が動いたのは、後半30分。交代で入った三笘が左サイドをドリブルで持ち上がり、ボックス内の同じく交代で入った南野にパス。その南野が送ったゴール前への折り返しは相手GKマヌエル・ノイアーに弾かれたが、そのこぼれ球をゴール前に詰めていた堂安がプッシュ。日本に同点ゴールが生まれた瞬間だった。その得点に至るまでに絡んだのは全て途中交代で投入された選手。選手交代が見事に的中した、監督の采配によって生まれたゴールと言ってもいいだろう。
5人目の南野を投入してからの日本の布陣はこんな感じだった。最終ラインに右から伊東、板倉滉、吉田麻也、冨安、三笘の5人が並び、その前の守備的MFに鎌田と遠藤航、そして前線の右から堂安、浅野、南野が並んだ5-2-3的な5バック。堂安、南野が守備的MFの位置まで下がれば5-4-1、伊東、三笘が守備的MFの位置まで上がれば3-4-3にも見える布陣だ。相手にサイドを突かれれば5バックになる時間も多かったが、右に伊東と堂安、左には三笘と南野と、サイドに常に2人が構えていたので、結果的にチームのバランスはこれで整った。相手ボール時に穴はなくなった。日本が逃げ切りに成功した要因だと僕は思う。
決勝点となった逆転ゴールが生まれたのは、後半38分。ドイツのディフェンスラインの隙を突いた板倉のパスから浅野が持ち込み、ほぼ角度のないニアサイドから蹴り込んだシュートが決まった。堂安と浅野。途中交代で入った選手の2得点で逆転勝ち。しかも相手は強者ドイツ。交代選手の活躍で掴んだこの勝利は次戦の弾みになる。これ以上ない、まさに最高の形で日本はカタールW杯を滑り出すことに成功した。
しかし、ドイツ戦の勝利にケチをつけるわけではないが、日本の目標は今回、ベスト8のはずだ。この勝利はあくまでも通過点に過ぎない。もちろん世界を驚かす快挙であることは事実だが、まだ1試合終わっただけだ。前半の内容は決して誉められるような出来では全くなかった。実際、早い時間にドイツが2点目を奪っていれば、試合は違う結果に終わっていた可能性は高い。日本の大敗も十分あり得たと思う。
そうした意味でも注目は次戦コスタリカ戦のスタメンだ。ドイツ戦で交代選手も含めて16人を使った森保監督だが、果たして2戦目にはどんなメンバーを送り出すつもりなのか。守田英正、山根視来、伊藤洋輝など、この試合に出ていない選手の中にも活躍が期待できそうな選手はたくさんいる。ドイツ戦で全く活躍できなかった久保、長友が務めた左サイドも心配といえば心配だ。特に長友。サイドバックがもう少し活躍しないと、この先の戦いは厳しい。僕はそう思う。それは日本戦の後に行なわれたスペイン対コスタリカ戦を見るとそう思わずにはいられない。
ドイツが最悪の試合をしたとすれば、スペインは最高の試合をした。グループEの初戦をひと言で言えばそうなる。コスタリカが思ったより弱かったことは事実だが、それ以上に確かなのは、スペインのサッカーが滅茶苦茶良かったことだ。これまで筆者が見てきたスペイン代表の試合の中では、間違いなくナンバーワンの出来だったとはこちらの見立てだ。7-0で勝ったから言っているわけではない。3-0あるいは2-0くらいで終わっていても、意見を変える気は全くない。それくらいスペインは優れていた。褒め過ぎを承知で言えば、パーフェクト。文句なし。直すべきところがひとつもない。結果的にコスタリカのシュートはゼロに終わったが、それはスペインのプレッシングが良かった何よりの証拠になる。
マルコ・アセンシオをセンターフォワードに0トップ気味に置いた、4-3-3。布陣をひと言で言えばそうなるが、個人的に一番目についたのは、両ウイングがタッチライン際に大きく開いている点だ。右のフェラン・トーレス、左のダニ・オルモは、常にタッチラインの線を踏んでいるくらい、高い位置に開いて構えていた。彼らにボールが入ると、スペインのパス回しはグッと安定感を増した。どちらかと言えば中盤を務めるガビとペドリの方がそのパス回しの主役として見られがちだが、彼らが活躍できるのは、サイドにきちんとしたパスコースがあるからだ。後半、選手交代により右ウイングにポジションを移したアセンシオも、変に真ん中に入らず、サイドのポジションを守り続けていた。相手の最終ラインを、両サイドを使い大きく開かせておいて、最後に中央をつく。この攻撃がチームとして共有されていることが、こちらには手にとるように伝わってきた。コスタリカの世界的GKケイラー・ナバスからの7得点は、その産物と言ってもいい。
これほどサイド攻撃にこだわるチームを見た記憶はない。こう言ってはなんだが、この試合を見ていて、日本がスペイン相手に勝てそうな姿が全く想像できなかった。コスタリカの守備的な姿勢を抜きにしても、だ。ドイツが日本相手に敗れた要因のひとつには、真ん中をつく、その少々強引な攻撃にもあったと僕は見る。高いボール支配率の割に、決定的なチャンスが少なかった理由だ。本来サイドにいるべきドイツの若き有望株ジャマル・ムシアラは、早い段階で中央に入ってくることが多かった。そこでテクニックを発揮する場面は確かにあったが、日本にとってそれほど脅威になったわけではなかった。ドイツがもう少しうまくサイドを使っていれば、日本が「コスタリカ」になっていたかもしれない。
3戦目のスペイン戦を、日本は高い緊張感で迎えたくない。そのためには、コスタリカ戦での勝利が必要になる。ドイツ対スペイン戦の結果次第では、日本は3戦目を待たずしてグループステージ突破を決めることが可能になる。幸いコスタリカは8年前、4年前ほど強くはない。スペインがいくら強かったとはいえ、シュートを1本も打つことができなかったその初戦を見ていると、日本への期待は膨らむ。少なくともドイツ戦のように攻め込まれる時間はそう多くないはずだ。逆に日本ペースで試合を進めることができる可能性は高い。そこで気になるのは日本のメンバー及び、その布陣だ。従来通りの4-2-3-1でいくのか、それともドイツ戦で流れを変えた5バックを、試合の頭から使うのか。このどちらを使うかによって、スタメンの顔ぶれは大きく変わる。コスタリカ戦のスタメンにはとりわけ目を凝らしたい。
初戦を勝利したことで、グループステージ突破の可能性が大きく高まった日本。先の話をするのは気が引けるが、そこで気になるのは、決勝トーナメント1回戦の相手だ。ベルギー、カナダ、モロッコ、クロアチアが属するF組。相手はこの中のいずれかになる。ドイツ対日本戦と同日に行なわれた試合で登場した、これら4チームの出来もこちらは気になった。
カナダに1-0で勝利したベルギーだが、少なくとも4年前ほどの強さはない。試合を見たこれが率直な印象になる。3位に入った前回大会からの上積みがない。ざっくりといえばそうなる。主力の顔ぶれは4年前、もっと言えば、8年前とほぼ同じだ。ケヴィン・デブライネ、エデン・アザール、ティボー・クルトワ、ヤン・フェルトンゲン、トビー・アルデルヴェイレルトなど、中心選手はいずれも3大会連続続く顔ぶれである。この試合を欠場したロメル・ルカクも同様。いずれも実力者ではある。だが、デブライネとクルトワ以外、そろそろ若手にポジションを奪われているくらいでないと、ベルギーは右肩上がりの状態にあるとは言いにくい。今大会でベルギーが前回以上の成績を収めることは難しいと僕は思う。
F組のもう一方の試合、スコアレスドローに終わったクロアチア対モロッコの試合で印象に残ったのは、モロッコの方だ。内容的にはクロアチアの方がやや優勢ではあったが、前回の準優勝国を相手にモロッコも悪くないサッカーをした。試合開始5分で、その接戦を予感させたほどだった。
モロッコの布陣は4-1-4-1とでも言うべき、4-3-3だ。この布陣がクロアチア相手に綺麗にハマっていた。よほどのミスか、優れたプレーが出ない限り、クロアチアに得点が生まれそうな匂いはしなかった。4-3-3の右ウイングを務めるチェルシー所属の左利き、ハキム・ジエクがもう少し良い形でボールを受ける機会が多ければ、モロッコにもチャンスは生まれていたと思う。両者ほぼ互角。0-0という結果に納得できるというか、緊張感の高い好ゲームだったと僕は思う。
この日の前日にアルゼンチンに勝ったサウジアラビア同様、ドイツ相手に番狂わせを起こした日本。2日連続でアジア勢が世界を驚かすことになったわけだが、そうした意味では、5日目で注目したいのは日本のお隣、韓国だ。相手は南米の強豪ウルグアイ。韓国にとってはもちろん格上になるが、番狂わせの目は十分あると僕は見ている。さらにポルトガルやブラジルなど、残る強豪国が登場し、これで全32チームが一通り試合をすることになる。サウジアラビア、日本に続く、新たなサプライズは起きるのか。カタールW杯から目は離せなくなっている。