札幌・北海道スタートアップ地図2024 〜地方エコシステムの現在地〜
はじめに
株式会社POLAR SHORTCUT(ポーラー・ショートカット)の大久保です。普段は札幌で、スタートアップ投資(シードVC)を行っています。
毎年大きな反響をいただいている「札幌・北海道スタートアップ地図」ですが、今年も最新化を行い、2024年版を作成しました!!
タイトルにもある通り、単なる地図としてだけでなく、札幌・北海道のスタートアップの現在地を知ることができる「まとめレポート」として、多くの方に目を通していただけると幸いです。
本記事の「スタートアップ」の定義
何を以て「スタートアップ」であると判断するのか?は、人や話の文脈によって微妙に定義が異なってくる部分です。
本記事においては、スタートアップ企業の特徴を
①エクイティ等で外部資金を調達し、赤字を許容しながら急成長を目指す
②非上場で、大企業資本からも独立している一時的な組織形態である
という2点で捉えており、以下のような条件で企業を選定しています。
"スタートアップ"という言葉が広まっていく過程で、「スタートアップとは何か?」という議論も出てきていますが、本記事ではいわゆる「ハイグロース・スタートアップ」を目指す企業をスタートアップと捉えており、その中でも客観的に抽出可能な指標として、「エクイティでの資金調達」を行なっているか否かを一つの基準としておいています。
私の方で確認できた公開情報を元に作成しておりますので、ここも条件に当てはまっているぞ!という企業があればぜひご連絡ください。
地図で見る!北海道のスタートアップ
2024年版のスタートアップ地図は、2024年6月末時点の情報を反映してあります。札幌のスタートアップの数は、39社です!!
これを多いと見るか、少ないと見るかは、あなた次第…..。地図から読み取れるポイントも後述します。
<ポイント①:幅広いジャンルのスタートアップがある>
よくある質問の一つが「北海道のスタートアップって、どういうジャンルが多いんですか?」という質問なのですが、地図を見るとわかるように、意外とジャンルは幅広く、農業とか食とか「いわゆる北海道ならでは」感のあるスタートアップが特別多いわけではありません。
地域の政策としては、STARTUP HOKKAIDOが「一次産業・食」「宇宙」「環境・エネルギー」の3つを重点分野として打ち出していますが、現時点でその領域のスタートアップが多いというよりは、「これから増やしていきたい!」という段階ですね。
なお、北海道大学発スタートアップに限ると「医療・バイオ系」の割合が非常に高く、オレンジ色の密集度合いが目立っています。
<ポイント②:スタートアップに関わる4つの拠点(最新版)>
よくある質問の二つ目が「北海道のスタートアップに興味があるのですが、どこに行けば良いでしょうか?」というものです。
札幌では現状、福岡のFGNのようにスタートアップが大量に集積している施設はなく、関係者もいくつかの施設に分散しています。
・社交場ヤング(札幌市役所内):
→ STARTUP HOKKAIDOの担当が常駐する6月にオープンしたばかりの施設。レトロな雰囲気が独特です。私もたまにいきます。
・TREEBASE(南1条西2丁目):
→ 札幌の不動産ベンチャー(株)FULLCOMMISIONが手掛ける共創型ワークスペース。D2Garage社はDRIVE終了後、こちらに入居しています。
・EZOHUB SAPPORO(北8条東4丁目):
→ サツドラホールディングスが運営する北海道最大級のインキュベーションスペース。当社のメイン拠点でもあります。
・北海道大学 北キャンパス(北21条西11丁目):
→ 北大発スタートアップが多く入居する北大ビジネススプリングと北大の産学連携部門があるFMIという2つの拠点があります。
※地下鉄駅からかなり遠いので、行く際は交通手段に注意です!
札幌・北海道のスタートアップと繋がりたい方は、まずはこのあたりの拠点にコンタクトしてみるのがおすすめです。
なお、上述のマップは札幌市がメインですが、札幌市外の地域のスタートアップは、2024年6月時点で19社となっています!(地図には掲載していない当社の非公開投資先2社を含む)
2024年版で追加された注目企業3選!
エントリーNo.1:Floatmeal株式会社(札幌市)
まずご紹介したいのは、北大発スタートアップのFloatmealです!
昨年のオンラボ北海道(6th Batch)で最優秀賞とオーディエンス賞をダブル受賞するなど、様々なピッチイベントで評価されています。
事業内容は、次世代タンパク質の原料となる「ウキクサ」の安定生産技術の研究開発。「食のサステナビリティ」をテーマとしたクライメートテック系のスタートアップです。
代表の北村さんは、ニュージーランドで生まれオーストラリアで育った国際派で、チームメンバーも留学生を巻き込んだグローバルなチーム。
地方発の一つの理想である「北海道 to GLOBAL」を実現するロールモデルになれるか、今後の躍進に期待です。
エントリーNo.2:株式会社MJOLNIR SPACEWORKS(札幌市)
続いては、近年北海道で注目されている宇宙領域のスタートアップ。ハイブリッドロケットエンジンシステムの開発を行なっているMJOLNIR SPACEWORKSのご紹介です。
リアルテックファンド・インキュベイトファンドからシードラウンドで1.4億円を資金調達しており、道内の宇宙関連技術の注目度の高さが伺えます(同じく地図に掲載されている北大発スタートアップの「Letara」もエンジンシステムの技術開発に取り組んでいますね)。
インキュベイトファンドは、昨年東証グロース市場へ上場したispaceや、道内で注目の宇宙スタートアップ岩谷技研に出資しているシードVCですので、こちらの会社も今後の成長に注目です。
エントリーNo.3:株式会社 LIFE CREATE(札幌市)
最後に、本来は2023年版のこの記事で扱うべきでしたが、なぜか漏れてしまっていたので…. 女性専用のフィットネスブティックスタジオを運営する株式会社 LIFE CREATEというスタートアップをご紹介します。
2008年の創業で、元々女性向けのフィットネススタジオを多店舗展開(2023年3月時点で80店舗)していましたが、今後は女性のウェルビーイングを応援するウェルネス事業を拡大するとのことで、総額9.2億円の大型資金調達を行なっています。
元々以前から株式会社アカツキが出資していたようですが、今回はさらに、XTech Ventures・ロッテベンチャーズ・MTG Ventures・ポーラ・オルビスなど名だたる株主から資金調達を行なっており、どのようなサービスが始まるのか、要注目です。
この1年でEXITした企業
スタートアップのEXIT(出口)は、東証グロース市場への上場(IPO)が話題になることが多いですが、この1年で大手企業へのバイアウトという形でEXITした(結果、地図からは削除する形になった)道内のスタートアップも。
<事例①:株式会社バーチャルキャスト(札幌市)>
バーチャルキャストは、札幌のベンチャー企業インフィニットループが、2018年にドワンゴと合弁で立ち上げたVRプラットフォームの運営をするスタートアップです。
2023年10月に、インフィニットループ社との資本関係を解消し、ドワンゴの子会社となることが発表されました。同時に、本社の東京移転と、代表の松井氏の退任が発表されています。
松井さんはインフィニットループの方も社長から会長となり、先日お話伺ったところによると、現在また新しいチャレンジをしている様子…!札幌が誇るシリアルアントレプレナー(連続起業家)です。
<事例②:ミーツ株式会社(厚真町)>
えぞ財団の団長も務める成田さんが厚真町で取り組んでいた「まちづくり as a Service」のプラットフォーム「ミーツ株式会社」も、2023年7月にコープさっぽろの関連会社になることを発表しました。
あまり知られていませんが、コープさっぽろは北海道唯一のコープとして年間約3,000億円の売上を持ち、協同組合という組織形態で、店舗での小売業以外にも、エネルギー・夕食宅配・共済・保険・葬儀・旅行や文化活動など、多方面にわたり「暮らしのサービス」を提供しています。
ミーツ代表の成田さんは、関連会社化と同時に、コープさっぽろの地域政策室長にも就任しており、これからの動きにも注目です。
上記の事例のように、大手企業の傘下に入ることで、より大きなアセットを動かしながら事業拡充していく道を選ぶことも、スタートアップのEXIT(出口)の一つです。
国内では、買い手側の資金余力と非上場スタートアップの値付けの兼ね合いから、まだそこまで一般化してはいないのですが、このような道(M&A)を増やしていくことが、今後の政府の国策としても重要視されています。
スタートアップ地図から名前が消えてしまうことで、数字上はスタートアップが減ったようにも見えてしまいますが、大手企業が興味を持つほどに事業の可能性を証明できたということですし、何より「経験を積んだ起業家が新しいチャレンジに進める」ということは、スタートアップのエコシステムとしては非常に望ましいことです!
スタートアップ企業数の推移
ここ3年間の札幌市内のスタートアップ企業数の推移も見ていきましょう。
2022年→2023年は9社の増でしたが、2023年→2024年は、9社の減少+5社の新規増加で、差し引き4社減少となっています。
9社の減少には、江別市へ移転した岩谷技研とEXITしたバーチャルキャストも含みますが、既にプロジェクトが停止してしまったなど実質的にクローズ状態となったスタートアップが増えたことが大きな要因です。
また、北海道全体でみると、スタートアップの社数は合計61社から58社となっており、横ばい〜微減の傾向にあります。
数字としては3社減少ですが、そのうち2社はEXITですので、「北海道」としてみると、実質的なスタートアップ社数は「ほぼ横ばい」と言っても良さそうです。
このスタートアップ社数の推移から言えることとしては、北海道のスタートアップ・エコシステムは2023年までの「成長」のフェイズから、ちょうど「成長の踊り場」に来ているということです。
改めてのお話ですが、スタートアップは「赤字を掘って急成長していく」という性質上、2年くらいのスパンで事業継続の危機に陥るのが普通です(そのような背景から2-3年毎に新たな資金調達が必要)。
そのため、大きく成功する企業もあるが、クローズ(倒産や事業撤退)する企業も多い「多産多死」がスタートアップの基本モデルです。
新しく現れる企業も多いが、クローズしていく企業もある。新陳代謝が一定ある方が、スタートアップ・エコシステムとしては正しい姿です。
そういう意味では、北海道のスタートアップ地図に「新しく掲載される企業もあれば、消えていく企業もあり、全体の社数としては横ばい」という現在のトレンド自体は、エコシステムとして悲観する状況ではありません。
個人的には、全体の伸びが横ばいだったことや地図から消えた会社が多いことよりも、「新規で掲載条件を満たしたスタートアップ」の数が昨年よりも減少傾向である方が、やや気になるところです。
成長の踊り場に来ているこのタイミングで、継続的に「新規でスタートアップ創出を続けていけるか」が、地域のエコシステムとして問われていると感じます。
直近1年の資金調達の状況
2023年7月〜2024年6月にエクイティでの資金調達を行なったスタートアップの数は、北海道全体で14社でした。昨年までと比べて、資金調達をした社数が大きく減少してしまったことがわかります。
下記に、直近1年でエクイティでの資金調達を行なったスタートアップを記載しています。傾向としては、「既に一定の知名度があり、アーリー以降のフェイズにあるスタートアップ」が比較的順調に資金調達できている状況と言えるのではないでしょうか。
内訳としては、資金調達を行なった14社のうち、
・過去にも1億円以上の資金調達を実施済みの会社:7社
・過去に資金調達を行なっており、追加で調達を行なった会社:2社
・初めてエクイティ資金調達を行なった会社:4社
となっております。
特にここ1年ほどは、シード〜PreシリーズAラウンドでの追加資金調達の難易度が(北海道に限らず)上がっているという話を起業家からよく聞くので、このフェイズでしっかり資金調達できた「あるやうむ」と「FLINTZ」の2社は、さすがだなと感じます。
北海道スタートアップエコシステムの現在地
ここまでの数字を見て、皆さんはどのように感じたでしょうか?
多くのメディアでは「近年スタートアップが増えている」という論調の報道が多いため、思ったよりもスタートアップって盛り上がっていない…?と感じた方も多いのではないでしょうか。
今回のnoteの記事でお伝えしたかったポイントはまさにそこです。
特にここ1年ほど、政府の後押しやメディアによるプッシュ、行政や大学などによるスタートアップ支援の盛り上がりが注目されて来ました。
最近だとタイミーの上場承認や、SmartHRの210億円のラウンドクローズなど、メガスタートアップのすごいニュースも目にする機会が多いです。
一方で、業界内に身を置くと、スタートアップの資金繰りの実情や、VCのビジネスモデルに起因する投資の偏り、ディープテック・スタートアップの難しさなど、耳にするのは甘い話ばかりではありません。
その状況を踏まえると、北海道のスタートアップ・エコシステムが「成長」のフェイズから、ちょうど「成長の踊り場」に来ていることも、感覚的には何ら違和感がありません。
地方のスタートアップ支援者にとっても、「これからのフェイズでは、クローズする企業もたくさん出てくる」という事実を正しく受け止めることが、まずは重要ではないかと感じています。
スタートアップが継続的に続いていくことや成功することは簡単ではない、という当たり前のことを認識した上で、一時的に成果が見えにくくなったり、足踏み感が強くなったりしても、粘り強く、長期の目線でスタートアップを応援していくことが、結果として地方にスタートアップ・カルチャーを根付かせていくことになるのではないか、ということを改めて心に刻んでいきたいと思います。
また、トレンド分析としては、やや停滞傾向にあるというお話をしましたが、komhamが先日のIVS2024 LAUNCHPADで3位入賞したり、当社投資先のTREASURE IN STOMACHが全国のビジネスコンテスト(EO ALL Japan)で優勝したり、北海道のスタートアップ起業家のレベルも着実に上がっており、決してネガティブな話ばかりではありません。
スタートアップは山あり谷ありがあって当たり前。その上で、HardThingsを乗り越えた魅力的な起業家が、地方にもどんどん増えていくと良いなと思っています!
さいごに
全体的にやや厳しい話が多くなってしまいましたが、「エコシステムとして次のステップに来ている」ということを伝えたかった「札幌・北海道スタートアップ地図」の2024年版でした!
当社ファンドでは、このようなタイミングでこそ、力強いスタートアップが生まれると信じて、既存投資先の支援や創業支援を行なっています。
本記事を読んで興味を持っていただけた方、起業したい方、起業かはわからないけど業界のこういうところに課題感を感じている…という方、ぜひご連絡ください!
それがスタートアップ創業のきっかけになるかもしれません!
Mail:info@polarshortcut.jp
X(Twitter):@OkbNori
なお、このスタートアップ地図の掲載条件を満たしているかどうか(VC等からエクイティで調達しているか)に、優劣があるわけではありません。
上記定義に当てはまらずとも、大きく成長しているベンチャー企業は札幌にもたくさんありますので、その点は改めて強調しておきます!
最近共感したXのpostがあったので最後に引用。