アイスランド(語)を読もう!(初・中級者向け教材)
前回、アイスランド語初学者向けの教材などを紹介しました。
そこで書いたとおり、アイスランド大学が提供する無料のオンライン教材Icelandic Online には、初学者向けだけでなく、中級・上級者向けのテキストも載っています。けれども、Icelandic Online 以外の教材も欲しい!と思う学習者や、SNSで使われる表現など、より実際的なアイスランド語を学びたい!と思う学習者もいるかもしれません。
以下に紹介する本は、そんな方にお薦めする一冊です。日常的に目にする生(なま)のアイスランド語に近い表現が少なくないので、そのことを頭の隅に入れておかないと、「初級文法を終えたばかりでは分からない!」と混乱してしまうかもしれませんが、文脈から推測できる表現が殆どですし、ニュースなどの断片的な情報からは知りえないアイスランド社会を垣間見ることができます。
アイスランド語で掌編を読んでみたい、現代アイスランド社会の雰囲気を知りたい、という人は、ぜひ本書を手に取ってみてください。Kindle版もあります。
タイトル:Árstíðir(季節)
作者:Karítas Hrundar Pálsdóttir(カーリタス・フルンダル・パウルスドッティル)
出版社:Una útgáfuhús
出版年:2020年
この本には、ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)ではA2からB1程度のアイスランド語で書かれた計101篇の掌篇が収められています。文章の形式は様々で、地の文と会話から成る掌篇小説もあれば、手紙やレシピ、会話劇や詩、SNSでのメッセージのやり取りなど、アイスランド語で生活をしないとなかなか見かけないようなものも含まれています。
扱う話題も様々で、1870~1914年にかけて起こったカナダへの集団移住についてや、冬に食べられるアイスランドの伝統食、マッチングアプリTinderを活用するアイスランドの人々のことなど、アイスランドのことを知っていればクスッと笑えて、知らなければ「そうなのか…!」とちょっと驚くかもしれないことが語られています。
くわえて、アイスランドが海外でどのように捉えられているかを窺い知れる話も載っています。たとえば、「Eins og álfur út úr hól」という話には、アイスランド人に「妖精の存在を信じる?」と訊くティーンエイジャーが登場し、「Hr. Ísland, Björk og Óðinn」では、北欧神話がきっかけでアイスランド語を学び始めた、と言う大学生が登場します。
作者が本書の構想を得たのは、早稲田大学に留学中の頃だったようです。そのためかもしれませんが、本書には、日本に関する話が数篇収められています。たとえば、先に挙げた「Hr. Ísland, Björk og Óðinn」では、アイスランド語を学ぶきっかけとして、ゲーム『女神転生』やミュージシャンの細美武士を挙げる日本の大学生が登場します。また、「Dýrmæt reynsla」という掌篇では、日本の就活のことが簡単に説明されていて、興味があるからアイスランド語を学んでいるけれど、それによって他の就活生から自分を差別化できる、と語られています。
他にも様々な国の人々が本書には登場しますが、それは、アイスランドの知名度が世界的にあがっていることにくわえ、多国籍・多文化し始めている現代アイスランド社会を表しているからかもしれません。
本書でアイスランド語を学ぶ際の注意
この本をアイスランド語学習の一環で読む場合には、若者言葉や中性形の人称代名詞 hánなど、辞書を引いても載っていない表現が使われていることに留意する必要があります。また、「AB-mjólk」のように、アイスランドでは一般的でも海外ではまったく知られていないであろう商品名も登場するので、アイスランドについての知識がなしではよく分からない部分があるかもしれません。
本書を読み進めていくうえで辞書に載っていない語に遭遇し、文章の理解に自信を持てないときは、思いきって「よく分からない!」と割り切りましょう。なにかの機会でアイスランド人と話をしたり、もしくはアイスランドに来て実物を目にしないと氷解しない疑問かもしれません。理解できなかったところを徹底的に調べるよりも、どんどん読み進めていくことをおすすめします。
また、先に述べましたが、「文法が分からない!」と思われる箇所もあるかもしれません。そういった場合は、文脈から推測しましょう。たとえば、SNSなどで短いアイスランド語のメッセージを送る際、「私」などと訳す人称代名詞の第一人称単数「ég」が省略されることがありますが、これは文法としての決まり事ではありません。実際、「Bíóferð」という掌篇に「hlakka til.」(楽しみにしています。)という簡潔な表現が登場しますが、ここでは「ég」という主語が省略されています。
文法を学んだあとに乗り出すことになる生(なま)のアイスランド語の世界を垣間見せてくれる本書は、書籍や映画などに触れる前に読み通しておきたい一冊です。
今後、本書のオーディオブックが発売され、さらに中・上級者向けの続編が刊行予定のようです。日本語はもちろんのこと、アイスランド語でさえ僅かしかなかったアイスランド語学習教材ですが、これからきっと充実しはじめるでしょう。
(文責:朱位昌併)