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フィンランドの「歯のお手入れ」と「文芸作品で扱われた歯をめぐる物語」

 先日、重い腰を上げて歯科医院の門をくぐりました。そこに残されていた記録によれば、今回の受診は10年ぶりとのことでした。かねてから口腔衛生、特に、普段の歯のお手入れは、歯の疾患予防にとって極めて大切なことだということは分かっていても、あのキュイ~ン!? という高いモーター音が口の中で響くことを想像するだけで腰が引けてしまいます。

 毎回担当する記事をアップすると、次のネタはどうしよう、とすぐ考え始めるのが常ですが、ちょうどそうしたときに久方ぶりに歯科医院の診察台に座ることになり、そこで自分の口腔内のレントゲン写真を見ながら、あたかも神の啓示のごとく「歯とフィンランド」をテーマにしようという思いがひらめいた次第です。

 担当はフィンランド語翻訳のうえやまみほこです。

キシリトールガム、キシリトール入りタブレット

 「キシリトール」という成分名。日本でもすっかり一般的な言葉になりました。白樺の樹液から摂ることができる甘味料の一種で、口腔内で虫歯を予防する働きがあることを突き止めたのがトゥルク大学歯学部の教授たちです。もちろん、それに医療的な効果を期待するには、一定の要件が整っていないといけないなどの難しい話は別として、フィンランドでは子どもたちが食事の後すぐに、必ずといってよいほどキシリトール入りガムやタブレットを口に放り込む光景は、行く先々の家庭で目にしていました。
 このキシリトールの効果を科学的に研究するきっかけのひとつに、虫歯ができてしまってから治療することでかかる医療費よりも、予防に注力して医療費が抑えた方がよいという発想があったと聞いています。その話を耳にしたときには歯を磨いたり、フロスや歯間ブラシで手入れするだけでなく、口腔内で化学反応を起こさせて虫歯予防を図るという発想に驚いたものです。
最近のフィンランドでのキシリトールガムやタブレット推奨について、友人たちに確認したところ、小学校に上がる前までは、自治体が供給したり、自費で購入したりと地域格差はあるものの、子どもたちには食事の後のキシリトール習慣が徹底されているとのことでした。「食後のキシリトール習慣」は、今やフィンランドではあまりにも当たり前になっているので、格別に、声高なキャンペーンを目にすることもなくなったのだと思います。

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 もうひとつ、「歯科医療とフィンランド」のつながりで意識したのは、歯医者さんが医療現場で使っている医療機器はフィンランドのメーカーが強いということです。もちろん、私の強いフィンランド贔屓心のため、過大評価しているところもあると思いますが、フィンランドで設計・製造された歯科医療機器が日本でも大活躍しているという話は何度となく聞き及んでいます。人間工学に基づいて開発された歯科医療機器。フィンランドで設計・製造されている機器の内、なんと80%以上が輸出されているようです。
こんな風に、キュイ~ン!? という音におびえながら座っている治療台の上で、これは「フィンランド製?」と思うだけで少し落ち着いた気分になれるから不思議です。みなさんも、ぜひ、試してみてください。

 前置きが長くなりましたが、今回は「歯」にちなんだタイトルの小説二作品をご紹介します。


『根管治療 または ルーツ探し (Juurihoito)』 (仮邦題)
ミーカ・ノウシアイネン(Miika Nousiainen) 著  オタワ社出版(Otava) 

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 二人の子どもに恵まれて幸せな家庭を築いているように見えていても、実は、その反対というペッカ。理想の家庭と住居を追い求める妻との間には溝が生まれ、離婚。家族って何なのだろうと思っていた矢先、歯の治療に訪れた医師の苗字がなんと自分と同じ。珍しい苗字ゆえ、治療室に入る前から、きっと異母兄に違いないと直感し、そして顔を見るや「この医師は実の兄である」と確信し、あれやこれやとアプローチ。
 実はこの兄、生物学上の両親に見捨てられ、里親に育てられたという身の上で、「家族って必要なものなの?」と普段からちょっと懐疑的。だから、突然現れた異母弟にもそっけない態度で接するばかり。ただ、似た顔をした弟の歯と歯茎の治療をしながら、「ここに不具合が出るのは遺伝的なものなんだよ。」と言うなど、全くの無関心ではない様子。物語は、子どもの頃から家族や親族などというものにほとんど関心を寄せないようにしてきた兄と、自分が作った家族に夢破れた弟の、蒸発してしまったらしい父親を捜す旅、ルーツ探しの旅へと発展します。
 タイトルの「Juurihoito」という言葉には、歯茎(根管)を治療するという意味と、家系(ルーツ)を辿るという意味もあり、暗示的ではありますが、読者にとても親切な小説です。歯の治療でたどる過程を、家族のルーツを探り当てる旅にもなぞらえて、唐突に出会った兄と弟の軽妙な会話とともに進みます。その会話の中には、キシリトールガムに関する歯医者の兄の発言て、キシリトールのタブレットを食べているから、歯を磨かなくてもいい、なんて勘違いをし、歯磨きをしない子どもが増えているから困ったものだ、というエピソードも。そして、驚かされたのは、歯科医院で治療を受ける際に、まぶしさを予防するために「サングラスをかける」というくだりがあったこと。私は以前、偶然にも友人からその話を聞いていたので、「ああ、こういうことか」とすぐに理解できましたが、そのことを知らない人にとっては全く意味不明な描写になった思います。強い太陽光が降り注ぐ夏を過ごす日本人の目と、フィンランド人の目の違いがこんなところに出ているのだろうな、とも想像できる事柄です。ちょっと切ない大人の男たちの家族って何だろうという思いを綴った作品です。

 なお、ミーカ・ノウシアイネンの作品は、前回のNote記事で最新作をご紹していますが、前回同様この作品もまた、フィンランドの家族関係や家族に起こる波風の今を巧みに表現していると思います。

 同じく前回のNote記事で紹介した、トゥオマス・キュロ(Tuomas Kyrö)の「おとぼけ爺さん」シリーズ。この一作目にはミーカ・ノウシアイネンをチクリと刺すくだりがあります。フィクション小説を夜な夜な紡ぎ出す人間が読むテレビニュースの信憑性は疑うね、と。ノウシアイネン、実はテレビのニュースキャスターという仕事もしています。

『歯の妖精(Hammaskeiju)』 (仮邦題)               エヴェ・ヒエタミエス(Eve Hietamies) 著 オタワ社(Otava)

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 子どもを産んだ直後、妻は蒸発。父親一人で子育てする様子を、コメディ仕立てで仕上げた、エヴェ・ヒエタミエスのシリーズ三作目の作品。パーヴォ(子ども)とアンッティ(父親)の“男性二人”家族の物語。
 作品名になっているHammaskeiju(歯の妖精)は、抜けた乳歯を枕の下に入れておくと、夜の間に妖精がそれをコインに替えてくれるという欧米の言い伝えのことで、物語はパーヴォが、乳歯の生え替わる年齢、つまり小学校一年生に上がってからの一年間を追ったもの。
 父と母が揃った二親家庭でも、あるいは、そのいずれかを欠いた父子家庭、母子家庭であっても、子どもを抱える家庭であれば起こる日々の出来事は基本的に同じはず。もちろん、二親がいれば、二人が時間の都合を調整しあって保育所や学校の送り迎え、熱が出た!どうしよう!といったときの連携、あるいは家事のやりくりも分担ができますが、一人親は、どうしても負担が大きくなるもの。男親と男の子、つまり父子が主人公のこの物語では、それぞれの奮闘ぶり(子どもも相当頑張っています!?)に笑いが伴う、コメディな展開になるから不思議です。
 「歯の妖精」が枕元に一晩来ただけで「パーヴォはもう一人で学校に行けるようになってしまったのか…」と、お父さんは心の中で子どもの成長の早さを喜びながらも一抹の寂しさを感じる心情も描かれており、ついホロリとするところも。一方、学校から急な呼び出しの電話が……。先生によれば、パジャマ姿のままパーヴォが学校に登校してきたと言うではないですか。しかも、そのパジャマ、ズボンのお尻のところに穴が空いていたりして……。タイミング悪く、仕事の方はアポで出かける10分前。さあ、どうしよう! となったところで、先生が、パーヴォには、学校に忘れ物で残っているズボンをはかせておけばよいかしら?と助け船(いったい、どうして忘れ物のズボンが学校にあるのか? というつっこみはせずにおきましょう)で一件落着。
 フィンランドでは、一年生の授業が始まる時間帯が遅いため、親が先に仕事のために家を出ることも多く、子どもは自分で家の鍵を閉めて学校へ行く、という日本とは違う鍵っ子事情も見えてきたりします。
 家庭の事情で早退や途中抜けが多いで転職を進められるのではないか、とびくびくしたり、発達障害の実の兄のサポートも加わり、父親アンッティがちょっと不安定になるという展開も。職場の上司(女性)が「男の子二人で今までやって来たんでしょ(だから大丈夫)」と声をかけるシーン。フィンランドではあらゆる社会福祉サービスが充実していて、誰もが当たり前のようにその権利を行使すると言われていますが、現実は違うところもある、ということをまた小説を通して教えてもらえたと感じた作品でもありました。

 記事に書くにあたり、キシリトールや歯科医療機器の今について、フィンランド在住の当会メンバーのセルボ貴子さんとフィンランドで子育てをしている友人に事実確認などでご協力いただきました。どうもありがとうございました。

(文責 上山 美保子)

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