見出し画像

大切な今日を忘れない


まだ出社している社員の少ない朝

いつも良くしてくれている清掃員さんから朝一、
かけられた言葉は「私、今日で辞めるの」だった


2日ほど前から見知らぬ清掃員さん1人を連れて
各フロアを案内している姿を見て
薄々気づいてはいたが、まさか当日に伝えられるとは思わず私はしばらく立ち尽くした。


入れ替わりの激しい業界、
この4年ほどで居なくなった社員は両手の指と同じか少しはみ出るくらい。


その時は正直、なんとも思わなかった。
“冷たい”と思われるかもしれないが、
どの人も「近い将来違う道を選ぶんだろうな」
という雰囲気があった。



お年を召されてはいるものの
細身の見た目からは想像できないほどパワフルで、毎日社内をピカピカにしてくれた。
毎朝私が出勤する時間にはすでに制服を着て業務に励んでいて、いつも笑顔で迎えてくれた。



「どのくらいここに勤めてくださったんですか?」


「4年と7ヶ月もいたの、はじめてのお掃除のお仕事だったのよ?みんな良くしてくれて。こんなにいたのはみんなのせいよ?」


笑顔でそう言って私の好きな
猫のハンカチをくれた。


営業が出払っていない日は、
お互い好きな猫の話をしたり、
たい焼きやりんごなど様々なものを差し入れてくれた。



「私、辞めること今知ってなにも……」というと



「いいのいいのよ!みんなに良くしてもらったから」と最後の業務に向かっていった。


なんだか無性に寂しくて




感謝の気持ちをどうしても伝えたくて





会社を抜け出してほんの気持ちのお菓子を買い、
便箋が近場で手に入らなかったのでA4の用紙に便箋フォーマットを印刷して手紙を書いた。


なんとか間に合って休憩しているその人に
手紙とお菓子の入った紙袋を渡して
「とても寂しいです、でも今まで本当にありがとうございました!!」と伝えると、


見たことのない涙ぐんだ瞳で
「何よこんなのいいのに!」と強くハグしてくれた


「私には子供がいないから、娘みたいで…
 こんな子が娘だったらなって思ってたのよ?」

初耳だった

「この子は本当に良い子なのよ」

新しい担当の方にもそう私を紹介してくれた


清掃員さん達の勤務時間が終了し、
部署のみんなと最後の挨拶。


私が「見送ります!!」
とついて行こうとしたら


「こないで、寂しくなるから」
と言って、新しい方と2人で仲良く去っていった。


4年を共にして別れはあまりにも突然で、
一瞬だった。



どんどん若手が入ってきて教育する立場になり
大概のことができるようになった。
とっくに大人になったつもりだった。


でもたった1人のあなたがいなくなって
帰ってから今日の景色を思い出して泣く私は
自分が想うよりもまだ、幼いみたいです。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?