見出し画像

だからステイヤーには価値がある|第163回天皇賞回顧

ステイヤーの価値

長距離路線の凋落が著しいと言われて久しい。
私見だが、これは日本競馬のレベルが底上げされ、各路線のスペシャリストが高いレベルで拮抗するようになったが故の現象と考えている。
ピュアステイヤーは日本競馬の競走体系上、中距離路線への挑戦を避けられない。一部の特例を除き、成績表が汚れてしまうことは致し方ない(※1)

※1
考えてみてほしい。ピュアスプリンタ-がマイルに挑戦して大敗したとして、「スプリント路線は低レベル」と揶揄するだろうか。
400mの差でも適性の差は如実に出るのだから、況や2400→3200mの800mの距離差ではなおさらであろう。

それでもステイヤーの価値が高いことは歴史が証明している。
今も昔も、種牡馬リーディング上位の殆どは、綺麗な東京コース以外の2400m超の距離でも能力を発揮できる馬たちである。
今をときめくエピファネイアが菊花賞であり、キズナがタフな欧州で結果を出した馬たちという事実は、忘れてはならないであろう。
過酷なマラソンレースを歯を食いしばって走り抜ける底力と気力は、トップレベルの戦いを勝ち抜くには不可欠な資質なのだ。
天皇賞が世界の中でのEXTENDEDのカテゴリで頂点に位置付けられている事実を我々はもっと誇ってもいい。

前置きが長くなったが、仁川に舞台を変えた今年の天皇賞は、現役の一線級のステイヤーが死力を尽くした名レースであり、ステイヤーの価値―すなわち底力と気力いう名の資質―を問われる一戦となった。

ワールドプレミアが積み上げてきたもの

ワールドプレミアの勝因は福永騎手の手腕と臨戦過程であろう。

テン乗りの福永騎手は実に理想的なエスコートであった。
17頭各々の思惑がある中ですべてが理想的に進むには運の要素も絡むが、勝ちに行くポジションを積極的に取りに行くことで自ら運を手繰り寄せた。
ライバルを射程圏に捉え、コースロスを減らしつつ、いつでも動ける態勢を整え、その時々で最善を尽くしたが故の勝利である。
力量最上位の人馬が詰将棋のように最善手を指し続け、前を行く各馬を一頭ずつ飲み込む様は非常に力強かく、長距離戦の醍醐味でもある駆け引きを制した福永騎手の手綱さばきは、ベテランらしい円熟味に溢れていた。

そして、前哨戦仕様の競馬で最後までしっかり脚を伸ばすことに徹した日経賞の競馬は、この日ゲートインしたどの人馬よりも理想的に、天皇賞に必要な準備を積み上げていたように思う。
直行がトレンドとなる昨今だが、前哨戦を経ての本番というステップという中で何を感じ、どう消化し、そして予想に反映するのか。という点でも、競馬の見方に一つの深みを与える要素なのである。

充実期に突入し、ステイヤーとしての高い資質を証明した本馬。同父のフィエールマンがあと一歩で無しえなかった「長距離チャンプの中距離制圧」を目指す走りに注目していきたい。

敗者の前途も明るいか

今回のレースを彩った立役者はハナを奪ったディアスティマと急造コンビの坂井瑠星騎手であろう。
曲率の大きな仁川の外回りコースも手伝って刻まれた淡々としたラップは、出走各馬の脚をじわりと削る消耗戦へとつながった。
初めて経験するハロン13秒にほぼ突入しない早い逃げに最後は一杯となったが、坂下まで懸命に踏ん張り続けていた経験は、彼をワンランク上の存在に引き上げていく力になることになるだろう。

その他上位人気勢はそれぞれに存在感を示した。

ディープボンドは早々と手が動く展開となりながらも最後まで踏ん張り続けての2着。
クラシック路線ではコントレイルのサポート役かのような立ち回りも見られたが、もう認めざるをえまい。
この日、もしコントレイルと一緒に走っていれば、ステイヤーとしての資質で逆転していてもおかしくなかっただろう。
まだまだ伸びる器。暮れの有馬や来年の天皇賞では大きなチャンスがきっとくる。

アリストテレスが引っかかるのは心身ともに、まだ古馬G1の極限状態で鎬を削れるだけの力がないからのように見える。
でも大丈夫。叔父リンカーンと同様の精神力を発揮し、もっともっと心身がタフになればもっとすごい走りができる馬。
5歳になったキズナ→ディープボンドと、エピファネイア→アリストテレスの代理戦争はまだまだ楽しめそうだ。

カレンブーケドールは王道を休みなく走り続けて結果を出し続けるのであるから、文句なく名馬の域である。
王道路線を逃げずに戦い続ける馬はそれだけで美しいし、高いレベルを維持し続ける馬の気力と陣営の手腕は素晴らしい。いつかどこかで報われることを願いたい。

そして、今週から復帰した武豊騎手。相棒との積み上げが結実する5歳の天皇賞のタイミングで、本人の責によらぬ理由でその背に居られなかったことは無念の一語だろうが、たくさんの苦難を乗り越えてきた名手。きっと飄々と次の勝利だけを目指して前を向いていることだろう。
NHKマイルカップでは北村友一騎手の離脱でレシステンシアが回ってきたと聞く。悪いことも長くは続かない。名手が喝采を浴びる姿を待ちたい。

最後に

最後に一言、馬主に関することは、巷で言われていることが真実であれば、法的な問題がなくとも、道義的な問題は付きまとう。
素晴らしいステイヤーたちの競演において盤外から不躾な賛否を巻き起こし、「万人が肯定的に語り継げる天皇賞」ではなくなった点は、残念でならない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?