泣くな横山武史、胸を張れエフフォーリア|2021年日本ダービー回顧
勝負というのはかくも残酷なものなのか。
レース後、放心状態で地下馬道へ消えていく横山武史騎手に姿に胸が詰まる思いを抱いた。
エフフォーリアの横山武史騎手はダービー1番人気の重圧にも負けず、積極的なレース運びであった。
結果から見てもほぼ満点の騎乗で、エフフォーリアはそれに応えて最大限の力を発揮した。
レースの転換点となったのは残り1000m地点。
レースの流れがハロン12.8まで緩んだ瞬間にアドマイヤハダルとディープモンスターが押し上げ、呼応するようにサトノレイナスが進出した。
ポジションを一つ二つ下げて中団まで後退したエフフォーリアにとって、手ごたえ十分に先頭に踊り出さんとするサトノレイナスは脅威だったであろう。
外差しの利く馬場で馬群が横一線に広がり進路が開けた瞬間、迷うことなく全力でアクセルを踏み込んだ。
横山騎手の檄に応え、エフフォーリアは素晴らしい反応を見せて、本当によく走った。
長い長い東京の直線の入り口でトップギアに入れ、精神力を問われる苦しい形となったが、ゴールまでよく脚を動かし続けた。
それは、百日草特別や共同通信杯で見せた地の果てまで伸びていく余力十分の走りではなく、歯を食いしばり死力を尽くした走りだった。
これは本当に結果論だが、もし、あと数完歩だけでも全力の追い出しを待っていたらどうなっただろう。
それでもサトノレイナスは捉えていただろうし、後続の追撃も凌ぎきって、勝利の天秤はエフフォーリアに傾いていたかもしれない。
そうでなくても競り合いでの首の上げ下げは運次第なのだから。
将来、2021年のダービーを振り返る日が来たとき、きっと私は直線入り口で迷いなくトップギアに踏み込んだ横山武史騎手と体を沈みこませるエフフォーリアの勇敢な闘いぶりを思い出す。
きっとあの瞬間、横山武史騎手に迷いはなかっただろう。そしてそれは最高に「格好いい」人馬の姿だった。
横山典弘騎手が1番人気のメジロライアンで敗れたのは、横山武史騎手と同じ22歳だった。
福永騎手がキングヘイローで悪夢のような敗戦を喫したのは、それより更に若い21歳だった。
武豊騎手ですらダービーの戴冠には10年の時を要した。
大丈夫。きっとこの日の出来事は、横山武史という騎手が名手として後世に名を残す頃には、彼の長い長いキャリアを彩る物語の一ページになる。
横山武史騎手にもし声をかけることができるならば、この世代の頂上決戦を最大限に盛り立てたことに、心からのありがとうを伝えたい。
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さて、勝利を収めたシャフリヤールだったが、彼もまた決して満点の競馬ではなかった。
先述のディープモンスターとアドマイヤハダルの捲りで中団勢は皆進路が見通せなくなったが、その中でもシャフリヤールは一歩でも判断を誤れば進路は閉じて終戦しかねない難しい局面を迎えていた。
実際、四角で外に進路を求めてグレートマジシャンに弾かれ、直線も行き場を探して右往左往していた。
あの状況で進路が開けたのは計算できたものではなく、偶然と奇跡にすぎない。だが、慌てず進路を探し続けた福永騎手が実に冷静であったのは、積み上げた経験に裏打ちされたものだろう。
そして、結果としてトップギアに踏み込みタイミングがわずかに遅れたことが、最後の最後で奏功したようにも思える。もしもっと早くに進路ができてしまったら、逆にゴールの手前で脚を使い切っていたかもしれない。
「最も運がいい馬が勝つ」と語り継がれる所以は、案外こんなところにもあるのだろう。
もちろん、幸運だけで勝利が得られるはずはなく、馬自身の非常に高い身体能力の賜物でもある。
進路が開けてからの身のこなしは運動神経の塊であり、素晴らしく伸びやかだった。世代の頂点を取るのに相応しい逸材である。
全兄アルアインは3歳で皐月賞、5歳で大阪杯を制し、ディープ牡馬でも数少ないクラシックと古馬G1の優勝馬となった。
成長力の裏付けもあり前途は明るい。
ステラヴェローチェは道悪のサウジアラビアロイヤルCでも、高速決着の朝日杯FSでも良績を残し、2400mのダービーでも見事な競馬を見せた
同父クロノジェネシスと同様、バゴの上級産駒特融の対応力と万能性を具備している。
あまりにも様々な条件を走るものだから強さを未だ測りかねてしまう存在であるが、まだまだ奥深いことだけは間違いない。
グレートマジシャンも浅いキャリアを跳ねのけて素晴らしく伸びやかな走りを見せたが、1000m以上の長い区間を力みながら走ってしまったことはもったいなかった。
強烈な高速馬場での脚比べとなった毎日杯を経て折り合うことができたシャフリヤールと、我慢できなかったグレートマジシャン。両馬の命運を分けたのは資質ではなく、積み上げた僅かな経験値の差だろうか。
ダービーの舞台でも有する風格は一、二を争っていた。首差しからトモにかけてのラインは美しく、後肢の運びはしなやかで、ひと夏を超えてから力をつけるディープ産駒のお手本のように見える。
今の完成度でここまで戦えたこと自体が脅威であり、秋以降の逆転の手ごたえは十分であろう。
サトノレイナスは一転しての先行策だったが、ルメール騎手の意思ははっきりと見えており、三角までの運びはパーフェクトだったが、ディープモンスターとアドマイヤハダルの捲りで動かされてしまった。
直線まで追い出しを待てる展開であれば、32秒台に突入しようかという極上の末脚を繰り出して勝利はこちらにあったかもしれない。
レースは生き物。彼女への追い風は吹かなかった。
その他の皐月賞勢は、起死回生の一手を打ったディープモンスターと武豊騎手、隣枠からエフフォーリアを封じようと立ち回り続けたヴィクティファルスと池添騎手の立ち回りは実に面白い。
いずれも結果は大敗だったが、ダービーを盛り立てた両者にも拍手を送りたい。
今年のダービーが終わりをつげ、来週からは新世代の戦いが始まる。
さて。2022年のダービー馬を探しに行こうか。
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