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空前絶後|アグネスデジタル種牡馬引退に寄せて

アグネスデジタルの種牡馬引退が発表された。
https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=48800

芝/ダートも中央/地方/海外も関係なく、2歳から6歳まで長きにわたり第一線で活躍しつづけでG1を6勝。
G1最多勝を更新する馬は現れても、多様性で彼を超える馬は二度と現れないだろう。
栗色の馬体がぎゅっと収縮し、次の刹那はじけるように目一杯に体を伸す姿がとても好きだった。

豪脚を繰り出したマイルチャンピオンシップ、テイエムオペラオーを打ち砕いた天皇賞、香港の歓喜をもたらした香港カップ。彼の走りは20年経った今も語り継がれるものばかりだが、彼の真価が最も鮮明に映し出されたのは6歳の安田記念だったと思う。


ミデオンビットが繰り出し、スプリント女王のビリーヴが追走した淀みの無い流れを前目で受けて早々スパートしたのが快速ローエングリン。そのローエングリンに狙いを定め並びかけるアドマイヤマックス。
改修直後で新緑に彩られた府中で繰り広げられた二転三転の鍔迫り合い。誰もが苦しく惰性でゴールへ流れ込む中、馬群を割って唯一頭、最後のもうひと伸びを見せて凱歌を挙げたのが黒い帽子のアグネスデジタルだった。

この日のアグネスデジタルはG1を連勝していた頃の自信満々の姿と違い、パドックでも「その他大勢」に埋もれて見えたように感じた。
故障明けの臨戦過程からも、その後の戦績からも、彼の身体能力はピークを越えていたと思う。
が、だからこそ、死力を尽くした残り50mの攻防で加速した彼の精神力は際立っていた。

種牡馬になったアグネスデジタルを何度か会ったこともあるが、並み居る種牡馬と比べると背も低く、決して体躯に恵まれていたわけではない。
それでも、レースに行けば、誰よりも大きく弾んでいた飛んでいた。彼が戦場を選ばずに走り続けられたのは精神力のなせる業だろう。

種牡馬としても、芝ダ不問でブエナビスタを下したこともある大物食いのヤマニンキングリーを筆頭に、ダートの猛者から芝スプリンターまで多様なカテゴリでの活躍馬を輩出した。
父系としてはダイシンの大八木オーナーが紡いだダイシンオレンジが唯一の直系となっているが、数少ない産駒からダイシンイナリがしぶとく中央での勝ち星を重ねている。母系に入ればヴィクトリアマイルを彩る芝短距離のサウンドキアラ、先週の府中ステークスを制して勢いにのる芝中距離のヤシャマル、鳴門ステークスを制したダート短距離のコカボムクイーン、そして芝マイルで重賞を狙うピースワンパラディ等、重賞戦線を多彩に彩っている。
Crafty Prospectorが最晩年に排出した異端児は、いまは孫たちに異端の力を残している。


路線が整備され、トップホースが得意分野に特化し一点集中で高いパフォーマンスを発揮できる環境が整った。
結果、日本競馬はどのカテゴリも世界に類を見ない高いレベルに到達したことは、あらゆるカテゴリで存在感を示した先日のドバイミーティングでも明らかだろう。

そのこと自体は関係者の不断の努力の賜物であり、決して否定すべきものではない。が、その弊害として競走馬の個性やレースの荒々しさからくる魅力は以前より失われてしまったように思う。
(だからこそ、それに抗うような挑戦―例えば私はグランアレグリアの三階級制覇へのチャレンジやディアドラの海外長期遠征―は話題を呼び、人を惹きつけるのだとも思う)

アグネスデジタルが残した蹄跡は、現代の日本競馬とは明らかに一線を画すものであり、強烈な個性をもってあらゆる記録を凌駕した存在だった。
空前絶後の存在かもしれない。それでも願わくば、彼のようなまた異端児が再びターフに現れる日を待ちたい。

(トップ写真は2008年夏、ビッグレッドファームにて撮影)


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