ほんの少しのご褒美|三津谷騎手引退に寄せて
三津谷隼人騎手の渾身のラストライドだった。
初試行となった中京3900mを舞台に繰り広げられた今年の京都ハイジャンプは、現地に入れた僅かなファンと、テレビの向こうで見守る大勢のファンの暖かな拍手に包まれた決着となった。
勝負が動いたのは二週目3コーナー。
これまで3000m級の障害競走を主戦場にしてきたマーニにとって未知の距離に差し掛かる局面で、三津谷騎手は迷いなくアクセルを踏み込み、内ラチ沿いから先頭を奪い取った。
実績と経験では一日の長があるトラストとスマートアペックスが呼応するように追撃態勢に入るが、マーニの脚色は衰えず、徐々にリードを広げ、直線半ばでは勝利を決定づける完勝劇だった。
障害重賞初勝利となったマーニは、入障以来一貫して三津谷騎手とコンビを組み続けて今日が十戦目。
この人馬が歩んだ道筋を辿りたくて過去のレースを見返したが、入障初戦では辿々しかった飛越はレースを重ねるごとに安定している。そして時には逃げて時には差しに回る姿は試行錯誤の連続のようにも思えた。
3コーナーでの仕掛けた瞬間の人馬の呼吸に寸分の狂いもなかったのは、積み上げてきた人馬の信頼と理解の強さ故である。
今日のレースを奇跡の一言で片づけるのはもったいない。三津谷騎手とマーニが手繰り寄せて掴み取った勝利だと、強く主張したい。
レース後、マーニを存分に愛撫する三津谷騎手の姿は達成感があふれ出て、非常に美しかった。
三津谷騎手の人となりを私は知らないが、大望を抱いて危険な職業に一生を賭することを決めた若者が、24歳の若さで鞭を置くことは、身を引き裂かれるような決断であったろうことは想像に難くない。
三津谷騎手の引退をマーニは知る由もなかろうが、コンビを組み続けた相棒が最後に最高の走りを見せた姿を見ると、競馬の神様からのささやかなプレゼントの存在を信じたくなってくる。
「日頃の苦労に神様がほほ笑んだ」といった安易で平板な情緒で一括りにしたくないが、たまにはこんな日があってもいいじゃないか、と。
今後は川村厩舎に籍を置き、馬を創り育てる仕事に活躍のフィールドを移すと聞く。
薫風が吹き抜ける5月の中京に響き渡った万雷の拍手に背を押され、爽やかな勝利で最初の区切りをつけた三津谷騎手。
第二のホースマン人生に船出に幸多からんことを祈りたい。
(写真は2018.3.25 キングカヌヌ騎乗時のもの。「隼」の一文字が眩しく輝いている)
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