「悲しみの果て」が刺さった夜

私はもともと気分の浮き沈みが激しいのですが、
悲しみの原因が自分に関することであれば
割とすんなり気持ちを切り替えることができます。
ただ、他人の悲しみとなると話は別で、
結構深く沈んでしまいます。

何故か。
おそらく、他人の悲しみは完全には理解することができないからです。
人は理解できないものが怖いのです。
全貌がわからない、果てしない悲しみほど怖いものはありません。

…そんなことを考えていると、ある名曲を思い出しました。
エレファントカシマシの「悲しみの果て」です。

"悲しみの果てに何があるかなんて俺は知らない"
"部屋を飾ろう コーヒーを飲もう 花を飾ってくれよ いつもの部屋に"
"悲しみの果ては 素晴らしい日々を送っていこうぜ"

「悲しみの果て/エレファントカシマシ」

ここで歌われている悲しみの果てに何があるかわからないという
状況こそ、私が最も恐れているものです。
しかし、悲しみの全貌なんて想像してもわかりませんし、
結局のところ、日常を過ごしていくほかありません。
だから、部屋を飾ったり、コーヒーを飲んだり、
そんな小さな喜びを積み重ねて、素晴らしい日々にしていこう、と。

…まあ、こんなことは私がわざわざ書くまでもないのですが。
なぜ書きたくなったかというと、
ついさっきこの曲を聴いて号泣してしまったからです。
何度も聴いているし、「いい曲だなあ」とずっと思っていましたが、
気分がどん底まで落ちている状態でMVを見たら涙が止まらなくて。
泣きすぎて頭が痛くなる始末。

"悲しみの果てに何があるかなんて俺は知らない"の闇の深さと、
"悲しみの果ては素晴らしい日々を送っていこうぜ"の光の強さを
初めて実感しました。

私を号泣させたMVを載せておきます。
宮本さんが画面越しにまっすぐ目を見て歌ってくれます。
短い曲なので是非最後までご覧ください。
映像が途切れる直前の宮本さんの表情。
私はそこにこの曲の全てが詰まっている気がします。

"涙のあとには笑いがあるはずさ 誰かが言ってた 本当なんだろう"

「悲しみの果て/エレファントカシマシ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?