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誰もが安心できる排泄ケア - 尊厳と自立を支える

介護施設における排泄ケアの質向上と尊厳保持


目次

  1. はじめに:排泄ケアと尊厳保持の基本概念

  2. 排泄ケアの意義と目標

  3. 高齢者・要介護者の排泄特性とアセスメント

  4. 排泄ケアの具体的方法:環境・技術・用具の活用

  5. 尊厳保持の視点から見たコミュニケーション

  6. 失禁予防・トイレ誘導・自立支援のポイント

  7. 便秘・下痢など排泄トラブルの対処と予防

  8. スタッフ体制・チームアプローチと多職種連携

  9. 排泄ケアにおける倫理的課題と対応策

  10. 排泄ケアの質向上を支える組織的仕組みと今後の展望


第1章: 排泄ケアと尊厳保持の基本概念


1-1. 排泄ケアの今日的意義と包括的な役割

高齢者や身体に障害を持つ方が安全・快適・衛生的に排泄できるよう支援する行為を総称して、排泄ケアと呼びます。介護の中でも最もプライベートな領域であるうえに、利用者の尊厳や生活の質(QOL)を直接左右する重要なケアでもあります。以下のような観点から、排泄ケアは従来の「単なる汚物処理」とは異なる、包括的で専門的な取り組みとして位置づけられています。

  1. 身体的快適さの維持

    • 排泄物が長時間肌に触れたままだと、かぶれや褥瘡(床ずれ)、感染症のリスクが高まります。定期的なオムツ交換や陰部洗浄を丁寧に行い、皮膚の清潔と健康を保つことが不可欠です。

  2. 心の安定と自尊感情の保持

    • 排泄は誰にとっても恥ずかしさを伴う行為です。特に、他者の手を借りる場合には強い羞恥心や抵抗感を抱きやすくなります。しかし、介護者が優しく声をかけ、配慮をした上でプライバシーを守ることで「大切に扱われている」と感じ、利用者は安心感を得られます。その結果、自尊感情を維持しやすくなるのです。

  3. 自立支援の一環

    • 排泄ケアは、歩行や移乗、衣服の着脱などを含むリハビリ要素と深く結びついています。残存能力を最大限に活かすように援助すれば、トイレ動作の一部だけでも自力でできる人が増え、自立度が高まります。これは本人の自尊心と生活の活力を支える要素でもあります。


1-2. 尊厳保持の背景と重要性

日本が急速に超高齢社会へ移行するなかで、介護施設の役割は「日常生活の支援」という域を超えつつあります。利用者一人ひとりの人生や人格を尊重し、“人間らしさ”を保ったケアが求められているのです。その中でも排泄は、とりわけ利用者が自己の尊厳を失いやすい行為であり、介護者の態度や配慮が真に問われる場面といえます。

  1. 要介護者の心理面

    • 「自分が人に迷惑をかけている」「こんな姿を見られるのは恥ずかしい」という感情を抱えやすいのが排泄ケアです。もし介護者が高圧的・機械的な態度を取れば、利用者は屈辱感から意欲低下や抑うつ状態に陥るリスクが高まります。

    • 逆に、丁寧な言葉遣いとこまやかな気遣いで「あなたのことを大切に思っています」と伝えられれば、利用者は恥や不安を軽減し、気持ちが安定しやすくなります。

  2. 介護現場の課題

    • 人手不足や時間的な制約から、排泄ケアの場面では「オムツ交換をまとめて一気に済ます」「施設都合で誘導を行う」といった一律的対応が生じがちです。これが利用者の個別の希望やリズムを損なう原因にもなります。

  3. 法律・ガイドラインの整備

    • 介護保険法、身体拘束禁止の原則、高齢者虐待防止法などを背景に、利用者の権利擁護が重視される時代です。排泄ケアの方法や態度一つとっても、適切に行われていなければ身体拘束や虐待とみなされる可能性があります。


1-3. 介護施設における排泄ケアの現状と課題の再確認

排泄ケアの重要性を認識しつつも、現場にはまだ以下のような根深い課題があります。

  1. 時間的・人的制約

    • 夜勤帯にはスタッフが1~2名しかいないケースが多く、複数の利用者が同時に排泄を訴えても十分に対応しきれないなどの問題が生じます。利用者一人ひとりのリズムに合わせた誘導が難しく、「決められた時間に全員オムツ交換」を余儀なくされがちです。

  2. スタッフの教育不足

    • 失禁の原因(腹圧性・切迫性など)や皮膚トラブル予防のノウハウ、尊厳保持のためのコミュニケーション研修などが不足している施設もあります。排泄ケアは「誰でもできる単純作業」と誤解されがちですが、専門知識と技術が求められる分野です。

  3. 機器・設備の導入格差

    • 先進的な介護ロボットやセンサー技術、電動リフト、最新のオムツ製品を活用できる施設と、従来型の手作業・低コストオムツに頼る施設とでは、ケアの質に大きな格差が生じます。


1-4. 本研修の目的と活用方法

本研修は、排泄ケアがいかに利用者のQOLと尊厳に直結するかを再認識するとともに、具体的なケア技術や組織マネジメント、最新のテクノロジー導入まで幅広く取り上げます。受講後に期待される効果や活用方法は以下の通りです。

  1. スタッフの基礎知識向上

    • 高齢者の排泄機能や身体的特徴、失禁の種類や対処法、皮膚ケアといった理論から、リハビリ的支援、福祉用具の使いこなしまで学ぶことで、ケアの幅が広がります。

  2. チームアプローチの深化

    • 看護職だけでなく、介護福祉士、理学療法士・作業療法士、管理栄養士、薬剤師など、複数の専門職が連携してこそ高いケア品質を実現できます。排泄ケア委員会の設置や定例ミーティングなども視野に入ります。

  3. 倫理観と尊厳保持の徹底

    • ケアの場面でプライバシーや選択の権利を侵害していないかを常にチェックし、身体拘束ゼロや高齢者虐待防止の視点も踏まえ、利用者が安心して生活できる環境を整えます。

  4. 組織全体の品質向上

    • 管理職が排泄ケアを重要テーマと位置づけ、PDCAを回すことで、利用者満足度だけでなくスタッフの働きやすさや安全管理、事故防止にも効果が期待できます。


これらを踏まえたうえで、第2章では排泄ケアのより具体的な目的と意義を再度整理し、介護施設が目指すべき方向性を明確にしていきます。


第2章:排泄ケアの意義と目標


2-1. 基本的人権としての排泄ケア

排泄とは、人が生きるうえで切り離せない当たり前の行為です。しかし、身体的・認知的な理由から、介助を要する人にとっては、「安全かつ清潔に、そして自分らしく排泄する」という基本的権利が大きく損なわれやすい領域でもあります。介護施設においては、この権利を最大限に尊重し、支援する義務があると言えます。

  1. 「してあげるケア」から「ともに作るケア」へ

    • かつて排泄ケアは、「介護者が一方的に利用者を手助けする」構図で語られがちでした。たとえば、「トイレに連れて行ってあげる」「オムツを替えてあげる」といった“上から目線”の発想です。しかし、現代の介護では、利用者の意思や希望をじっくり聞き取り、二人三脚で最適解を探すことが重視されます。たとえ認知症や重度の身体障害があっても、その人が「どう排泄したいのか」「どんなことに抵抗を感じるのか」を可能な範囲で確認し、本人の価値観や生活リズムを尊重しながらケアを組み立てる姿勢が求められるのです。

  2. 普通の生活の維持

    • 在宅であれば、人は当たり前に自分のタイミングでトイレに行きます。ところが施設へ入所すると、職員の都合やシフトの関係で、「○時に全員オムツ交換」といった画一的なケアが行われ、利用者の「自分のペース」が奪われることがあります。

    • こうした状況は、利用者の自尊感情を傷つけるだけでなく、体内リズムを狂わせる原因にもなりかねません。施設であっても、できるだけ自宅に近い排泄パターンや環境を整え、「普通の暮らし」を維持することが排泄ケアの大きなテーマとなります。


2-2. 介護現場が取り組むべき6つの目標

排泄ケアをより質の高いものにするために、介護現場が目指すべき具体的な目標を6つ挙げます。これらを明確に意識することで、スタッフ間で共通のビジョンを持ちやすくなり、ケアの方向性が統一されます。

  1. 安全確保と事故防止

    • 排泄時には、トイレへの移動やベッド上でのオムツ交換など、転倒や体位ずれによる怪我・褥瘡リスクが潜んでいます。

    • オムツ交換時の体位保持やリフト使用など、安全策を徹底し、誤嚥(下痢や嘔吐との関連で起こりやすいこともある)や感染症の最小化にも努めることが必須です。

  2. 快適性の追求

    • 長時間のオムツ装着で蒸れや汚れが生じ、不快感や皮膚トラブルを引き起こします。

    • こまめな交換、皮膚保護剤の活用、におい対策などにより身体的不快を抑え、利用者のストレスを軽減する工夫が欠かせません。

  3. 自立支援

    • 利用者ができる部分はあえて任せることで、歩行や着脱の動作を維持・向上させる「リハビリ効果」が期待できます。

    • たとえオムツが必要でも、「自力でズボンを下げる」「パッドを外す」といった工程を支援し、成功体験を積んで意欲を高めることが重要です。

  4. 個人の選択を尊重

    • オムツか、パンツ型か、パッドかといった選択肢やタイミングの希望を利用者から丁寧に聞き取り、可能な限り尊重します。

    • 施設の都合で一律の方法を押し付けるのではなく、本人の好みや価値観を配慮したケアが利用者の満足度と協力意欲を高めます。

  5. 身体的健康管理

    • 失禁や便秘、尿路感染、下痢などが発生しやすい高齢者の身体を守るために、早期発見・早期対応の体制を整え、看護師・医師・リハ職と連携してスムーズに対処できるようにします。

  6. スタッフ負担軽減と働きやすさ

    • 排泄ケアは重労働になりがちで、腰痛や夜勤帯の負担がスタッフの離職原因にもなります。

    • 移乗リフトやスライディングボードを導入し、複数人で協力するシフト体制を考えれば、職員も無理なくケアに集中できる環境が整備できます。


2-3. 排泄ケアがもたらす多面的効果

  1. 利用者のQOL向上

    • 安心して排泄できる環境があれば、心理的安定が得られ、他のレクリエーションや社会活動へ前向きになりやすいことが知られています。

    • 失禁や汚れたオムツのまま放置されるような状況が減れば、利用者は自分が「尊重されている」と感じられ、生活全体が安定して明るくなるケースも多々あります。

  2. スタッフの満足度向上

    • 排泄ケアがスムーズに行われれば、トラブルや事故が減り、業務効率が向上するだけでなく、スタッフ同士のストレスやいざこざも軽減します。

    • 職員が互いに助け合いながらケアに取り組む風土が形成されると、職場全体の雰囲気が良くなり、離職率の低下や新たな人材確保にも繋がります。

  3. 家族からの信頼獲得

    • 在宅介護を経験したことがある家族にとって、排泄介助は大きな負担要因です。施設がそこを丁寧に支援していると知ると、「任せて安心」という評価が高まり、施設への信頼が増すでしょう。

  4. 在宅復帰や地域支援への連動

    • リハビリ的に排泄自立が進んだ利用者は、在宅復帰や外泊などへのハードルが下がるメリットがあります。地域包括ケアの中で、施設での成功例やノウハウを在宅支援へ持ち帰る好循環も生まれます。


2-4. 排泄ケアに関わる法規・ガイドライン

  • 介護保険法

    • 要介護度の判定や介護報酬算定において、排泄自立度が大きく影響。ケアプラン作成時に排泄状況を正確に把握し、どの程度の援助が必要かを反映させることが求められます。

  • 身体拘束ゼロへの取り組み

    • 排泄時の抵抗などを理由に、ミトン型手袋やベルトで強制する行為は原則として禁止。利用者を無理に拘束せず、安全かつ尊厳を守る代替策(センサー、複数人対応など)を検討するのが必須です。

  • 高齢者虐待防止法

    • オムツを汚れたまま長時間放置したり、排泄介助の際に暴言や不適切ケアを行うことは心理的・身体的虐待と見なされる可能性があります。

    • ケアのプロとして、排泄ケアが虐待とつながらないよう十分な配慮と記録が求められます。

  • 医療安全やインシデント報告制度

    • 排泄関連のインシデント(転倒や誤薬、下痢の見落としなど)はすべて報告・分析の対象となります。小さな見落としが重大事故につながる恐れがあるため、チームで早期対応する仕組みが大事です。


本章では、排泄ケアの根本的意義と目標を掘り下げ、なぜ排泄ケアが介護現場の大きなテーマとなり、現代の法制度や社会の要請によってますます重要性が増しているのかを再確認しました。続く第3章では、高齢者特有の身体特性や排泄機能の変化をさらに深く掘り下げ、具体的なアセスメント手法について詳述していきます。


第3章:高齢者・要介護者の排泄特性とアセスメント


3-1. 加齢による泌尿器系・消化器系の変化

高齢になると、体内のさまざまな機能が低下し、それが排泄にも直接的・間接的に影響します。要介護状態にある方々では、こうした加齢変化がさらに大きく、排泄トラブルのリスクが高まる傾向があります。

  1. 泌尿器系の変化

    • 膀胱弾力の低下: 若い頃よりも膀胱が柔軟性を失い、小さな尿量でも強い尿意を感じる「過活動膀胱」に傾きやすくなります。トイレの回数が増え、夜間頻尿や切迫性尿失禁を起こしやすい原因になります。

    • 尿勢の弱まりと排尿困難: 排尿に時間がかかり、最後までスッキリ出し切れないなどの訴えが増加。前立腺肥大(男性)や骨盤底筋弛緩(女性)と相まって、尿閉や溢流性尿失禁も生じやすくなります。

    • 骨盤底筋の弛緩: 出産経験や加齢により骨盤底筋群が弱化すると、咳やくしゃみ程度の腹圧でも尿が漏れる腹圧性尿失禁が増えます。

  2. 消化器系の変化

    • 腸管蠕動の弱まり: 加齢により腸の動き(蠕動運動)が鈍くなり、便を押し出す力が低下。さらに唾液・胃酸の分泌が減少し、咀嚼力も落ちるため、食物がうまく消化されずに便秘が起こりやすい状況に。

    • 栄養不良・筋力低下の悪循環: 食欲が落ちると十分な栄養を摂れず、身体全体の筋力も衰える一方。排便の際に必要な腹圧を作れず、便秘を慢性化させる例も少なくありません。

    • 便性状の変化: 水分摂取が不足しがちな高齢者では硬便が増え、いきみすぎて痔を悪化させるなどの悪循環も見られます。

  3. 神経系の変化

    • 脳血管障害や認知症の影響: 脳のダメージにより、便意・尿意を感じる神経経路が正常に働かなくなったり、トイレの場所自体を忘れてしまうことがあります。本人が認識しにくい「機能性尿失禁」や「失行(トイレに行けるのに手順がわからない)」もここに含まれます。

    • 運動指令との連動不良: パーキンソン病などで動きが鈍く、排泄までの移動や姿勢保持に時間がかかり、その間に漏れてしまう例も多いです。


3-2. 病態や合併症の影響

高齢者は、複数の慢性疾患を同時に抱えることが珍しくありません。こうした合併症が排泄に影響を及ぼすケースをいくつか挙げます。

  1. 糖尿病

    • 多尿(尿の量が増える)や口渇感(喉が渇く)が起こりやすく、夜間頻尿や失禁が増える可能性があります。さらに血糖コントロール不良だと皮膚トラブルや感染リスクも上がり、排泄ケアが複雑化しやすいです。

  2. 脳梗塞・パーキンソン病

    • 半身麻痺や動作緩慢によって、トイレへの移動が遅れて間に合わず失禁する「機能性尿失禁」が代表的です。認知機能の低下を伴えば、トイレを探せない、衣類を下ろす動作がわからないなどさらに難易度が上がります。

  3. 心不全

    • 利尿剤を使うことで夜間に尿意が増え、睡眠を妨げたり失禁リスクが上がる場合があります。加えて、水分コントロールも慎重になるため、脱水や便秘を招きやすくなるなど、多面的な注意が必要です。

  4. 腎疾患

    • 腎機能が低下すると尿量や排泄物の成分管理がシビアになり、夜間頻尿や電解質バランスの乱れなどが生じやすいです。排尿コントロールを誤ると急性悪化のリスクもあるので、医療チームとの連携が不可欠です。


3-3. 個人の排泄パターンを把握する実践方法

各利用者が抱える病態や生活習慣を把握したうえで、さらに排泄リズムの個人差を捉えることが極めて重要です。次のようなツールや方法が活用されます。

  1. 排泄日誌(排泄記録)の活用

    • 観察期間を1~2週間程度設け、毎回の排泄時刻、量、性状、利用者の表情や体調を詳細に記録。これにより「朝食後30分で排便が多い」「夜間に2回起きている」といったパターンが明確になります。

    • ヒヤリハットが起きた時間帯や状況も併せて記録することで、転倒や失敗の原因がわかりやすくなり、対策を練る際に役立ちます。

  2. 生活リズムとの関連づけ

    • 食事・睡眠・水分摂取のタイミングと排泄を関連づけて観察すると、適切なトイレ誘導の時間が見えてきます。たとえば、コーヒーを飲むと1時間後に排尿が増えるなど、人によって特徴的なリズムがあります。

  3. バイタルサインとの関係

    • 血圧や脈拍、体温などの変動と下痢や便秘がリンクするケースも。特に発熱時の下痢は感染症を疑う指標となり、早期受診や院内感染防止策の展開に直結します。

  4. インタビューと自己申告

    • 認知機能が比較的保たれている方には「普段は何日おきに便が出る感じですか?」「どの時間にトイレに行くと楽ですか?」と直接聞くのが効果的。口に出しにくい情報も丁寧な質問で引き出すことができます。


3-4. アセスメントで見落としがちなポイント

アセスメントの段階で把握しきれない隠れた要因や、利用者の「本音」が見落とされると、ケアプランが十分に機能しないままになってしまいます。

  1. 本人の「嘘」や遠慮

    • 恥ずかしさや「迷惑をかけたくない」という思いから、「大丈夫」と言い張る利用者もいます。観察や検温、体重測定、尿検査などの客観的データと組み合わせて事実を把握しましょう。

  2. 複数要因の複合

    • 「便秘と下痢を繰り返す」「精神的ストレスや失語症が絡んで排泄トラブルが慢性化」といったケースでは、一面的に「便秘だから下剤」と対応すると逆効果になりかねません。多角的な視点で見る必要があります。

  3. 認知機能・コミュニケーション能力

    • 失語症や言語障害がある方は排泄の不快や痛みを言語化できません。表情や仕草、バイタルサインを注意深くチェックし、スタッフ同士で情報共有する仕組みが重要です。


3-5. アセスメント結果の活用:具体的プランへの反映

アセスメントは観察のための観察ではなく、具体的なケアプランやケア目標へ直結させるためのプロセスです。

  1. チームカンファレンス

    • 看護師・介護福祉士・リハスタッフなどが集まり、アセスメント結果を共有。たとえば「Aさんは朝5時にトイレに起きることが多い」「Bさんは昼食後に高確率で排便がある」という情報を元に、夜勤帯の誘導方法や日中のリハビリ時間を調整するなど連携を図ります。

  2. 小目標の設定

    • 「1日1回はトイレで排尿する」「週2回の便秘解消を目指す」など、利用者が取り組みやすくスタッフも支援目標を具体化しやすい数字や行動目標を立てます。

    • 達成できた場合は褒める・称えるなど、利用者の自尊心を高めるフィードバックを忘れずに行い、モチベーションの維持につなげます。

  3. 定期的な見直し

    • 排泄の習慣や体調は変動しやすいため、1か月ごと、あるいは状態変化があったときに再アセスメントを実施してプランを更新します。

    • たとえばオムツの種類を変えたり、トイレの時間をずらしたり、リハビリメニューを加えたりと臨機応変に修正することで、より最適な排泄ケアを提供できます。


本章では、高齢者・要介護者の身体特性や合併症による排泄への影響、そしてアセスメントの実際的な方法を詳しく解説しました。次の第4章では、このアセスメント情報をいかに具体的ケア(トイレ誘導・オムツ交換・機器導入など)へ落とし込み、実践していくかをさらに深くご紹介します。


第4章:排泄ケアの具体的方法:環境・技術・用具の活用


4-1. トイレ誘導のプロセスをさらに詳しく

排泄ケアの基本は、「利用者ができるところは自力でやってもらう」「安全を第一に考えつつ、快適さと尊厳も守る」ことです。トイレへの誘導時には、以下のステップに注意を払い、環境整理とコミュニケーション、介護技術をバランスよく組み合わせます。

  1. 誘導前の準備

    • 通路や廊下の整理: 車椅子や歩行器を使うことを念頭に、段差や障害物を取り除きます。特にベッド周りやトイレまでの通路がスムーズに通れるか再確認し、転倒リスクを最小限に。

    • 利用者の履物チェック: スリッパや靴が脱げやすかったり、底が滑りやすいタイプの場合は、滑り止め付きのものへ変更を検討。

    • 照明の調整: トイレまでの道のりが暗いと視力が低下した利用者が転倒しやすいので、足元灯や手すり周りの照明を整えます。

  2. 声かけと安全確保

    • 余裕を持った声かけ: 「○○さん、トイレに行きたいタイミングではありませんか?」と本人に意思確認を行い、決して急かさない。認知症の利用者には、ゆったりとした口調で繰り返し呼びかけるなど、焦らせないことが肝心です。

    • スタッフの位置取り: 転倒リスクのある方には、側面やや斜め後ろにつき、いざというときに支えられる位置をキープしつつ、利用者の心理的圧迫を与えない距離感を保ちます。

  3. 移乗介助

    • ボディメカニクスの活用: 腰を痛めないよう、スタッフ自身の姿勢(重心移動や膝の使い方)を意識します。立位が困難な場合、サポートベルトや移乗用リフトを活用し、無理な抱え上げを避けることが重要です。

    • 利用者の残存能力を活かす: 片麻痺の場合も「ご自分でつかまれる手すりがありますよ」など声をかけ、可能な範囲で自力で動いてもらうことで自立度を保ちます。

  4. 排泄後の清拭と着衣整理

    • 丁寧な拭き取り: 肛門周囲や陰部は非常にデリケートなので、やわらかいペーパーやウエットシートを用い、前から後ろへ拭くなど感染対策に留意。

    • 自分でできる動作を促す: ボタンの留め外しや下着の上げ下ろしなど、本人が行える部分はあえて任せ、成功体験を積ませます。

    • 皮膚トラブル確認: 発赤やかぶれがないかを短時間でチェック。気になる箇所があれば看護職と情報共有して早めの対策を。

  5. 終了後の声かけ

    • 安心感を与えるひと言: 「お疲れさまでした。楽にできましたか?」と利用者の感想を聞きつつ、「痛いところや違和感はありませんか?」など身体状況を再確認。

    • 環境リセット: トイレの床に汚れがないか、便座が上がったままになっていないかなどをチェックし、次の利用に備えます。


4-2. オムツ交換の実践的ステップ

オムツ交換は、利用者の身体的快適さと尊厳を守るうえで非常に重要なケアです。同時に、介護者の身体的負担も大きい作業なので、道具の利用や姿勢管理を徹底して、利用者・スタッフ双方にとって安全かつスムーズなプロセスを目指します。

  1. 利用者への説明

    • 事前に合意を得る: 「○○さん、少し湿っているようなのでオムツを新しくしますね。よろしいですか?」と、簡潔かつ優しい口調でアナウンス。本人の拒否や不安がある場合は、まず落ち着かせてからケアを開始します。

    • 交換後の姿勢も提案: 「この後は楽な姿勢で横になっていただきますね」とあらかじめ流れを示すと、利用者がケアの全体像を掴みやすくなります。

  2. ベッドでの体位保持

    • クッション・支えの活用: 片麻痺や関節拘縮がある方には、適切にクッションを入れ、身体を安定させます。二人介助が必要な場合はタイミングを声に出して確認し合い、利用者に過剰な負担がかからないよう配慮。

    • 安全確認: オムツ交換に集中している間に利用者がベッドからずり落ちることがないよう、柵やブレーキの確認も事前に行う。

  3. 汚れたオムツの取り外し

    • テープの剥がし方: 肌を巻き込まないよう注意しながら、片手で肌を押さえ、もう片手でテープをゆっくり剥がす。勢いよく剥がすと皮膚損傷や痛みを与える恐れあり。

    • 処理袋へ巻き込む: 汚れが拡散しないように使用済みオムツをくるっと巻き、一括して処理袋に入れる。特に下痢便の場合は、周囲のリネンを汚染しない工夫が大切。

  4. 陰部洗浄・清拭

    • 感染対策の徹底: 前から後ろへ拭き取り、細菌の上行感染を防止。皮膚が弱い方には洗浄液を浸したコットンやウェットシートを優しく使用する。

    • かぶれ・傷のチェック: かぶれや湿疹が見つかれば看護師や医師に報告し、軟膏や保護クリームなどの対応を検討する。

  5. 新オムツの装着

    • 前後・上下の確認: 中には前後の区別がわかりにくいデザインのものもあるので、印刷やマークをチェックし間違いを防ぐ。

    • テープの留め方: 左右対称に貼り、きつすぎず緩すぎないフィット感を確かめる。お腹や太もも周りに指が1~2本入る程度が目安。

    • パッド併用の場合: パッドをしっかり中央に位置づけ、ズレやヨレがないか最終確認する。

  6. 仕上げと声かけ

    • 痛みや違和感の再確認: 「きつくないですか?」「お腹周りが苦しくありませんか?」と利用者に尋ね、必要ならテープを微調整。

    • 姿勢の整え: ベッド柵やクッションを元に戻し、寝返りが打ちやすい体位に直して完了。快適さや清潔感が保たれていることを確認する。


4-3. パッド・パンツ・テープ型の選択基準

利用者の排泄状態やADLに合わせて、最適なオムツタイプやパッドを選ぶことは非常に大切です。一人ひとりの失禁量や動作能力、皮膚の状態によってメリット・デメリットが異なります。

  1. テープ型オムツ

    • メリット: 寝たきりの方や重度のADL低下がある方に交換しやすく、吸収量も大きい製品が多い。横になったままでもスタッフが装着しやすいため、失敗が少ない。

    • デメリット: 巻き込み方によっては漏れやすかったり、蒸れで皮膚トラブルが起こるリスク。体位変換を要するため二人介助になることもあり、スタッフの負担が大きい。

  2. パンツ型オムツ

    • メリット: 自立度が高く、トイレへ歩いていける利用者が「下着感覚」で履きやすい。本人の意欲を残しやすく、羞恥感が少ない場合も多い。

    • デメリット: 体幹バランスに不安がある場合、パンツの上げ下ろしで転倒リスクが発生。失禁量が多い人には吸収量が不十分で、漏れやすいケースがある。

  3. パッド挿入型(パッド+下着)

    • メリット: 小量の失禁や頻尿がある方に向き、部分交換ができて経済的。普通の下着やパンツ型オムツと組み合わせることで外観やフィット感も向上。

    • デメリット: パッドがズレると吸収しきれず漏れが発生。こまめな確認が必要で、スタッフが意識的にチェックする体制づくりが大切。


4-4. 福祉用具・ポータブルトイレの導入ポイント

  1. ポータブルトイレの種類

    • 椅子型で座りやすいもの、前開きで移乗しやすいもの、尿取りバケツが付いたタイプなど、多種多様。利用者の体格や座位保持能力、ADLを考慮して選ぶ。

    • キャスター付きで移動できるモデルを用意すると、便器の洗浄や居室内の位置調整が簡単になる。

  2. リフト付きトイレシート

    • ベッドからの起き上がりが困難な方には、電動リフトが備わったポータブルトイレを使うと、スタッフの腰痛リスクを軽減できる。利用者も安定した姿勢で排泄可能。

    • 操作が複雑な場合は、スタッフの研修を徹底し、事故防止のためにマニュアルを備えておく。

  3. 簡易排泄装置・自動吸引機

    • ベッド上での排泄を自動で吸引し、オムツが不要になるように設計された先進機器。皮膚トラブルや交換回数を減らす効果が期待されるが、装着感やメンテナンス面で課題もある。

    • 新規導入する際は、試用期間やメーカーのサポート体制を確認し、現場スタッフが機器操作と清掃手順をしっかり習得する必要がある。

  4. 設置環境

    • 居室内にポータブルトイレを置く際、照明やプライバシー(カーテン・パーティション)、消臭・換気対策を考え、利用者が嫌がらないよう配慮する。

    • ベッドから近い位置に置きすぎると、においや衛生面で問題が出ることもあるので、適度な距離と安全性を両立するレイアウトが望ましい。


4-5. 入浴・排泄連動ケア

  1. 清潔保持の相乗効果

    • 入浴は全身を清潔にできるタイミングであり、排泄との関連が強いです。排泄後すぐに入浴することで肌の負担を減らしたり、逆に入浴前にトイレ誘導をして失敗を防止したりと、両者を連動させる工夫が可能です。

    • 下痢や軟便が続く利用者には、入浴時の温水洗浄で肛門周囲をしっかり洗うと皮膚トラブル予防に役立ちます。

  2. 温熱効果で便意誘発

    • 温かいお風呂に入ると血行が良くなり、腸の蠕動も活発化します。入浴中や直後に便意が起こる利用者は少なくありません。事前にトイレ誘導しておくと不意の失敗を減らし、利用者にとっても安心です。

  3. スタッフ連携

    • 入浴担当者と排泄担当者が別の場合、情報共有が欠かせません。「この方は入浴前にオムツを外しましたか」「下痢で失敗がありましたか」などを申し送りするだけで、スムーズに状況が把握でき、無駄な重複作業や事故を防ぎます。


本章では、排泄ケアにおける具体的な環境整備や技術、用具導入のポイントを詳細に説明しました。第5章では、これら実践的ケアを行ううえで欠かせない「尊厳保持の視点からのコミュニケーション」について、さらに詳しく掘り下げます。


第5章:尊厳保持の視点から見たコミュニケーション

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