前世の話
私の前世は河童だったのかもしれない。
唐突に何をまた馬鹿な事を言い出したのかとお思いの事であろう。
私だって無闇矢鱈に前世が河童などと世迷言を垂れ流して皆様を困惑させたい訳ではない。しかし現状悩んでいるのだ。
話は1年ほど前に遡る。
私は自律神経がぶっ壊れているので常に眠りが浅く、夢うつつの時間が長いのか寝言と寝相が頗る悪い。
寝言で部屋に響き渡るほどの怒鳴り声をあげてしまうこともしばしばで、隣で眠る夫を起こしてしまい大変申し訳ないと思っている。
さてここからは夫の体験談である。
その日は蒸し暑くてとても寝苦しく、私は浅ましくも扇風機の風を多く浴びようとしたのか夫の枕をぶん取りベッドに斜めに寝ていたらしい。
隅に追いやられた彼は声をかけても1mmも動かない妻を移動させることは諦めて、せめてぶん取られた枕を取り返した。
すると妻である私の頭が枕から落ちたそうだ。
頭がポスンとベッドに落ちた妻はプリプリと怒りながらこう言ってのけてベッドの隅に転がっていったらしい。
「そんなんされたら頭のお皿がポローッと落ちますわ!河童なこと忘れてもらったら困ります!!!!!」と。
これは明らかに頭に割れやすい皿がある河童にしか湧かない怒りであろう。そして河童だと理解した上で結婚したのであれば、デリケートな皿を持つ河童は怒る権利がある事案だと思う。
一応、念のために断っておくが私は河童ではない。
だがこの時は本当に頭の皿が枕から落ちた振動で取れて、よしんば割れてしまったらどうしてくれるんだ!という怒りでいっぱいだった。
ベッドの隅に行き最近は感じたことのないめちゃくちゃな怒りで息巻いていたところ少しずつ目が覚めて、ハタと気付いた。
私は何で怒っているんだろう、頭に割れる皿なんぞついていないのに。
夫をチラリと見ると見当違いな怒りをぶつけられてポカンとしている。
これは誤解を解かねば不味いと感じ
「あのね、私は河童じゃないよ……」と弁明したが、夫はただただ笑い転げていた。
あの日は寝惚けていたんだ。
私は河童ではない信じてくれと言い続けて、嫁河童ブチ切れ事件が笑い話になったつい先週のことである。
その日もまた暑くて寝苦しかった。
夕食時に少しお酒を飲みすぎたこともあり、明け方に喉がカラカラで半覚醒状態になった私は枕元に置いてある水筒を探しながら無意識でこう言った。
「これじゃあ頭の皿が乾いてしまいますわ、カラカラや」
寝ぼけ眼で水筒を見つけた河童はよく冷えた麦茶をグビグビと音を立てて飲んだ。冷たい麦茶が食道を流れていく感覚がとても心地よい。
そして気付く。
あれ?私、河童じゃねぇな、と。
横を見ると笑っている夫がいた。やっぱり河童やないか!とめちゃくちゃに笑っている。
もう私は私が信じられなかった。
河童に思い入れなんてないし、河童になりたいと思った事もない。
前世が河童なのだろうか……とつい先程まで考えていたのだがひとつ心当たりを思い出してしまった。
随分と遡るが30年ほど前、飲み会に行った父が怪我だらけで帰ってきた日があった。
若き日の父は(今もだけど)血の気が多い人間だったため、事故か!?喧嘩か!?とめちゃくちゃ怒られていた。
すると何を思ったか父は「猪名川沿いを自転車で走ってたら河童に襲われた」と狂ったことを宣って、その後も意見を変えずに貫き通したため更に怒られていたが実はあれは嘘じゃなかったのだろうか?
もしも河童に襲われたんだとしたら、あの日の父は随分とボロクソにやられていたが河童側はもっと深手を負っていて巣のある沼に帰った後に死んだのかもしれない。
その河童が私に取り憑いているのであろうか。
困る。すごく困る。父に取り憑いてくれよ。
っていうかそもそも急に夜道で襲ってきた河童が悪いんじゃねえのか?!?!おい!!!
河童さんへ、私に取り憑いても良い事なんて何もないのですみやかに成仏してください。
もしくは河童の霊を祓える方、早急にご連絡ください。お願いします。
end
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