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スケッチ・オブ・スペイン    Sketch of Spain episode 1 Cadaqués

エピソード1. カダケス
過去への遡上を開始…。

その日、僕らは滞在中のバルセロナからバスに乗り込み、急な山道に揺られて、北東に向かっていた。

目的地は、フランス国境に近いカタルーニャ州ジローナ県、その最も東に位置する海岸、スペインで一番最初に日が昇る場所、小さな漁村カダケス(Cadaqués)だ。

岩山に囲まれた山道を抜けると、眼前に広がる地中海。

バルセロナで見る海とはまるで違う、特別な地中海を妻に見せたかった。

まだシーズン前という事もあり、街は静かに僕たちを迎え入れてくれた。

遠い昔、この村には家族と住むダリの別荘があった。若き日のロルカもこの別荘を訪れたという。

ガラと恋に落ちたのもこの村だった。アートシーンを巻き込むダリとガラのドラマもここから始まったのだ。

カダケスの入江のひとつポルトリガート(Port-Ligat)から見る地中海は、ダリにとって特別の場所だったのだ。

いつしか僕たちは、迷路のように細く伸びた坂道を歩いていた。石畳の先にサンタ・マリア教会が見える。カダケスで一番高い場所だ。

鐘楼の麓からは、眼下に広がる地中海。白塗りの壁とスペイン瓦の屋根が、斜面にびっしりと軒を連ねている。

オレンジ色の丸みを帯びた素焼きの瓦は、土の色がそのまま表れていて、一つとして同じ色がなく、多彩な色のキャンバスとなって広がっている。

アンダルシアでよく見る風景が、小さな塊となって、青い海に浮かんでいるようだ。

白い建物は、時間とともに陰影が変化し、窓から漏れる灯りが水面に揺れる。海辺は、砂ではなく石ころで埋め尽くされている。素朴な漁師町の詩情豊かな風景だ。

海辺にひとりの画家がキャンバスに向かっている。一目で画家と分かるその風貌にはどこか見覚えがある気がして、キャンバスをのぞき込む...。

するとダリが何度も描いたであろうアトリエから見えるポルトリガート(Port-Ligat)の景色がそこにあった...。

その絵は、僕の記憶の中のダリと重なり、遠い過去へと誘う。ダリの描いた心象風景と重り、時が止まっているように感じた...。

ピカソ、ミロ、デュシャンもこの美しい漁師町を訪れた。若き建築家たちは、この村で新しい地中海の家を創案した。バルセロナでは、ガウディの残した幾つものモデルニスモ建築が、ここでも華やいでいる。

彼らは此処で何を感じ、どう過ごしていたのだろう?


妻に問いかけてみる…。


「私たちと同じよ。きっとね。」

彼女の答えは、とてもシンプルだった。


芸術家たちを惹きつける何かがここにはあったのだ。僕たちも、時代は違うが、その何かを、いま感じている。


「なるほど(笑)」と、僕は答えた。


過去に漁業で名を馳せたが、その姿は今は無く、地理的に隔絶していたことから、素朴な景色が残ったのだという。

太陽に照らされた青い海は、いつしか夕日に染まりながら、次第にその色を変えてゆき、街の灯がキラキラと反射する夜の海へと移ろう。

その傍で、僕たちは、いまここでしか味わえない贅沢な時間を、地中海料理とワインで祝福した。

かつては、こうした映画のような時間を、ここカダケスで楽しむことができたのだ...。


今回の時間旅行の最後は...。


夏のシーズンを目前にした、まだ静かなこの村を妻と訪れ、ゆっくりと流れる時間の中でワインを片手にスケッチしていた…。

あの時間とき...。


Sketch of Cadaqués


6月の終わりのカダケス(Cadaqués)…。


C’est fini





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