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ぎゃふん。

この一ヶ月、重々しく言うなら一つも身動きが取れないほどにのたうちまわった。軽く言うならとことん不貞腐れていた。note創作大賞に投稿した作品がつるりと音もなくコケたのだ。

6月の末だったか、彼女は東京での遠征を終え一泊のくせに裸の大将みたいなサイズのリュックから一冊の本を取り出した。それは昨年に受賞された方が出版した本で、こういう大会があるらしいよと手渡された。エッセイなんて母が読んでいた「もものかんづめ」ぐらいしか馴染みがない。
その本に目を通してそこそこにnote創作大賞エッセイ部門を調べると出るわ出るわ、えげつない数の作品が並ぶ。2000件ものスキ(note上の、Twitter※現Xで言う"いいね"みたいな)がついているものまである。

丸15年、超がつくメジャーな組事務所に所属していたせいで常に競わされる毎日を送った。それが倒れた拍子に心が爆発して壊れ一年以上も休職をしている身。今さらこの大海原に乗り出す船もオールも気力もない。

が、僕の性根は腐っている。とにかく自分が作る本や喋りには根拠のない自信に溢れ、自身の物差しにハマらないモノはつまらないと断じる幼稚な野郎だ。
並み居る猛者による珠玉の作品に触れてみた。ご丁寧に"人気"という欄まで作られており上から片っ端から読んで出た感想は「うわ…こら勝てるで工藤」という何とも失礼な関西弁だった。

何せ申し訳ないことに、つい先日まで曲がりなりにも人様をどうにかして笑わせて生計を立てていたのだ。ユーモアで負けるはずがない。
あとは誰が読んでも目に止まる"引き"さえあれば…とごちゃごちゃ考える僕の目の前で彼女は盛大にほうじ茶を溢した。この人のことを書こう。

一つ問題がある。先述の通り休職中である。ましてや鬱という目に見えない病のせいであらぬ誤解や勘違いを数々受けてきた。こちらに正義があっても受け手が感じたことをそのまま流布してそれが真になる時代。動くのが面倒くせぇなとも思う。平たく言えばだが、この二年近くだけでも届いた数々の誹謗中傷のDMを要約すれば「不幸なままでいてほしい」という感じなのだ。みな心配はしているが、人の小さな幸せにはペッペッと唾を吐く。「女作る元気があるなら」みたいな解釈を相手するのが途方もなく面倒くさい。無論そんな人だけでないのは知っているので静かにしてほしい。そういうのが本当に今もわんさか届くのだ。

ただ、今の僕の生活がいかに何も起きないかは想像に易いだろう。病院と家、近所のスーパー。この三角形では登場人物があまりにも少ない。かと言って過度なデフォルメを嫌う職業病と、なによりエッセイに虚飾があってはならない。この塩梅を探らねば。

そこで書いたのがこれ。

の、親父がコーヒーを淹れてくれるところまで。芝居の脚本でもそうだが僕は一筆書きで余程のことがなければ書き直さない。なのでこのまま走ろうにもどうも暗いか。僕なりのユーモアは入っているが万人がこれを楽しんでくれるだろうか。迷った時点でひとまず筆を置いた。
そもそも話の大筋は経験を元に書くので決まっているのだから、あとはそれをどう自分の目線で描くのか。それにしたって惚気でしょで片付けられる題材なので舵を誤りたくない。
そこで一旦バリバリ僕らしいのを別で書こうと決めた。

嫌な奴ですよね、僕。
書き終わってそれなりに面白いという自負はあったがバズるかどうかは話が別だ。案の定、初動のスキが芳しくない。この時点で締切の前日。あかん、このままやと落ちるで工藤。せやかてどないすんねん工藤。
そこでもう一本、さらに別のものを書いた。

こちらもキャッチーに書けた自信があったもののサムネイルまで作ったせいで22時を回った。残り2時間弱、果たしてこのまま終えていいのだろうか。ええ訳ないよな。コケるにしても悔い残るわと駆け足で続きを書いた。正直、書くことよりも二人が出会った時の写真を探す方がよっぽど苦労した。
23:53。締切6分前。この時23:59に投稿して受賞すればそれはそれはドラマチックではないかと夢想したがダサいので素直に投稿した。

かくして突貫工事で三本を入稿。あとはもうただ二ヶ月ものあいだ様子を見るしかなかった。

毎日#エッセイ部門 と検索しては作品の人気欄が入れ替わるのに一喜一憂する。その頃にはもう他の人の作品を見るのは止めてしまった。今さら何がどうなる訳でもないからだ。

ありがたいことに大勢の方に読んでいただいたようで、日に日に増えるスキが本当に嬉しかった。noteの通知欄には「○○さんがいわゆるなれそめにスキしました」などと不安定な日本語が表示される。それを一々喜んだ。

その中にぽつんと、"長瀬ほのかさんが〜…"とある。アイコンはご本人の似顔絵だろうか。
大体のユーザーはnote上のニックネームで登録しておりフルネームの人は珍しい。
僕の勘はよく当たる。この人絶対にプロや。プロやで工藤。僕は長瀬さんのアイコンをタップしてプロフィールに飛んだ。それみろ、めっちゃ投稿してはる。

こんな風に普段から文章を書いてらっしゃる方までスキ(いいねって言わせろ)を押してくださるなんて、こりゃええ本が書けたんだと僕は舞い上がった。
長瀬ほのかさん…長瀬…ほのかさん……何で見覚えがあるんだろう。
僕は自閉スペクトラムの特性で変に記憶力がある。一度見た細かい情報なんかが無意識にデータとして脳に蓄積される。このお名前の字面、どこかで…。僕は初めて工藤らしく推理を始めるはずが間も無くエッセイ部門の人気欄でお名前を見つける。いや、ライバルなんかい。それやのに他人の作品にスキ(もういいねでいいよね)するなんて余程のお人好しかいなという調子で僕は彼女の応募作品を開いた。

本物おったんかい。最悪や、大誤算。ただ身の回りに起きたこと羅列して書いてる人だけちゃうんかい(くどいが、僕はとことん不遜な人間なのだ)。

そこで僕は昨年のデータを調べた。エッセイ部門では別々の出版社の賞をそれぞれお二人が受賞されていた。

あるやん。これ長瀬さんと僕でワンツーフィニッシュやん。お互いがパートナーについて書いてそれぞれが受賞やなんて素敵やん。お母さん見つかりました。
あれかな、授賞式にはご主人もいらっしゃるんかな。4人で飲み行けたらなぁなどと考えながら僕は着ていくスーツを調べたりしていた。
今思えばこの中間発表までの2ヶ月がここ一年半で最も元気だったかもしれない。

来る9月中旬と言っておきながらもう9月19日はほぼ下旬やろというタイミングで結果が出た。
僕はまだ寝ている彼女を起こした。普段なら怖いので絶対にしない。でもまず一番に伝えなければならなかった。

「ごめん、note落ちてもた」

ここでみなさんならどう言うだろう。
「気を落とさないでね」
とか
「そんな!あなたの作品を落とすなんて、審査員の見る目がないのよ!」
とかだろうか。

あっこちゃんは僕の左肩を掴みながら小さな声で「この世は地獄」とだけ言った。

彼女が仕事の日、大体は僕が夕飯を作って帰りを待つ。無職で時間だけはあるのだから当然それぐらいはさせていただく所存なのだが、この日ばかりは無理だと思った。

「ごめん、まだ昼前やけど飲んでええかな」
「どうぞどうぞ」
「揚げもんいったろかな思てます」
「ええやんええやん」
「リビングで好きな映画観ていい?」
「音ちっちゃめで」

僕は近所の肉屋さんが作る揚げたての唐揚げに、大好きなアジフライを2尾頼んだ。いつもならあっこちゃんがソースをかけるところだが、今日は一人で存分に醤油をかけてやるのだ。そして帰り道にお魚屋さんで2パック1000円の刺身まで手を伸ばした。いわしと中トロにした。

僕は音を立てずにサブスクをかちゃかちゃ選択しながらパッと目に止まった『ALWAYS 三丁目の夕日』が懐かしくなり開いた。
まだ堀北真希が東京に向かう列車の中で1本目を空けてしまう。エンディングまで6本持ちますかね、あっいやウイスキーあるがなと独り言が弾む。
そうしてしばらく観ていると思い出した。

主人公の吉岡秀隆さん演じる『茶川竜之介』という男はうだつの上がらない小説家で、作中で幾度と賞に応募しては落とされる描写がある。
何度も観たことがあるのにすっかり忘れていた。
ボサボサ髪に瓶底メガネ、穴の開いたカーディガンを着てぶつくさと文句を言う。
俺やんと気付いた時にはそんなシーンでもないのに号泣していた。まだ序盤なのに3本目に手をかけた頃、鼻をすする音がうるさかったのか起きてきた彼女は僕の食べさしのアジフライを見て「うわっ、醤油やぁ」とニヤニヤしてトイレに向かった。これが我が家の小雪の態度である。

すっかり発泡酒の炭酸と揚げ物の油で胸いっぱいになったたかじんこと僕は布団に潜った。
起きたらすっかり日が暮れて、テーブルには食事が並んでいた。練習終わりで疲れているだろうにありがとうと礼を言うとごめんと返される。
刺身が4パックも並んでいる。
「買ってるの知らんくて、今日は刺身で元気出してもらお思て買ってもた…」
何も謝ることないじゃないと目をやれば"いわし2、中トロ2"だ。
売り場にはイカもタコも、ハマチもサバも、マグロの部位だけでも沢山あるのだ。
あぁ、この人はきっと"目に見えない指輪"はキレるだろうけども、今日の刺身の気分を当ててくれるんだ。
ALWAYSの続きを観たかったが「半沢直樹にしようぜ」と却下された。

傷の癒えぬまま一ヶ月が過ぎた。続きもののエッセイも書いている途中だったがどうにも体が動かない。あぁ、またこのまま何も出来ないで腐るのか。

家の近所の安い焼き鳥屋で、あかんハイボールを一口含んで凄い顔をするあっこちゃんに爆笑していた。炭酸は足せないと店員に断られヘコむ彼女を横目に携帯の通知が目に止まる。
長瀬さんが受賞記念で配信をされているようだった。

「獲った!」
思わず大きな声が出た。
僕のかわ塩を盗ったのがバレたと思ってビクつく彼女に説明する。他人事なのに嬉しくなった僕は思わずツイート(※現ポスト)をした。

本当なら同時受賞で、とか思っていたけど縁遠い話だったのだ。

思い返せばお笑いの大会でも悉く負けてきた。
ぐうの音も出ない負け方をした年もある。
「すまん、点数間違えてしもた!ホンマはお前らやってん!ハッハー!」と審査員の些細なミスで最終決戦にコマを進めなかった運のなさが炸裂した年もあった。
生放送終了直後に「うわぁ、来週の上方演芸会、優勝できんかった人ら(僕たち)の漫才台本を書かなあかんのかぁ」と嫌味を言われ咄嗟に胸ぐらを掴みながら
「メ几
 木ヌすぞ」と大御所漫才作家に詰め寄ったのが昨日のことのようだ。まだ生きとんかな。

要はいつだって準備不足、実力不足、他責思考。勘違いも甚だしい。受賞なんて分不相応。何度も何度も負けて来た。負けるようなものしか作れていない俺がいつ何の努力をしたんや。
勝つ人はちゃんと勝つねん。俺は負けるべくして負けとんねん。そのくせ人の本に偉そうに…きっしょ。
とか考えながら僕は真っ茶色のハイボールをグビグビ飲んだ。

しばらくしてまた通知が入る。長瀬さんだった。

「面白い人が面白いって言うてんねんから。書いてちょうだいよ」
「おならのこと書いていい?」
「ええわけないやん」

この後、嬉しい感想まで直接メッセージを頂戴しました。本当におめでとうございます。

もう少し書いてみます。
面白いって言うてもらえたので。
あと今回は言わせてください。

ぎゃふん。

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