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コンビニで泣いた話

2022年、日付けが変わって5月29日になった頃。僕は家の近所の飲み屋に居た。
前の年に女将さんが亡くなって、大将が一人カウンターで接客をしているこぢんまりとしたその店に僕はほぼ毎日顔を出して酔っていた。

割と大きなテレビが置いてあって、時間帯によっては野球観戦で常連客が賑わう。興味の無い僕は背中を丸めて今からでも来てくれそうな後輩(大体は伊丹と洲﨑)の公演スケジュールを確認し、時が経って忙しくなった彼らのやれ京都だとか東京出番を見て溜め息を大きくついてから一品を頼む。僕はきゅうりの古漬けをつまみながらハイボールをがぶ飲みしていた。最大でも深夜2時には大将の眠気とともに店が閉まるので、1時頃には最後の注文を終えて駆け足で飲む。その日も確かそんな調子だった。

「あんたの嫌いな先輩、最近またようけテレビ出てはるなぁ」と言われ顔を上げると、確かに楽しそうにされている。酒に酔ってくだを巻いては僕を小突いていた頃と違い血が通ったんだなぁとだけ思ってウイスキーをダブルで注いだ。

しばらくして別の番組が始まった。客の賑わう声で聞き取れないけれどもそれは何だか華やかでビカビカしていて、いつまでもシミったれた自分が観るにはどうも違う世界のようですぐに背を向けた。だがどうやらそれは演劇を上演しているようですぐに振り返った。
僕の頭の中は釜爺の棚のようになっており、その内の一つが開いた。

遡ること2019だか2020年(コロナ禍でぐっちゃぐちゃになった引き出しにご勘弁)。
前年に僕は割とすごく頑張っていた。そのバッタバタの最中、当時のマネージャーさんに楽屋で話しかけられた。

「野村さん、アイドルってご興味ありますか」
「つぼみ(よしもと発という呪いを背負いながら懸命に戦う後輩たち)ですか」
「いや、最大手の」
「金田一と銀狼怪奇ファイルで止まってます。どうされました」
「アイドルの皆さんが真剣にAぇ芝居をされる番組が始まるそうで、コケコッコー(僕の劇団)の名前が」
「僕らは民度低いので、そこだけ先方にお伝えください。僕としては是非」

てなやり取りを思い出した。あれから2、3年経っている。
すぐさまスマホを取り出して調べれば出るわ出るわの過去の戦績に慄いた。関西の主要劇団の劇作家・演出家が軒並み名を連ねている。

僕は幼稚な頭をしている。すぐに拗ねる。そしてそれらの大体を会社のせいにする癖がある(9割9分9厘は実際に会社が悪い)。

どうして僕がこの場にいない。あまりに悔しいじゃないか。ほんであのやり取りなんやったん。呼ばれてないんですけど。
彼らは汗を流して懸命に芝居に打ち込んでいる。片や僕は場末の飲み屋で次のボトルキープをするとその日の会計が跳ね上がるので注文を躊躇していた。

そこで僕は強硬手段に出た。

敢えてグループ名を伏せ、「ええの」を「Aぇの」と小粋に書ける絶好のチャンスを逃すぐらいには酔っていた。同時にファンの方々の反応がとても怖かった。こちらはエンタメという大きい傘の中には一応並んでいる同業他社で、彼らを使った売名行為だと捉えられてキレられることを想像した。
僕は店を後にし、震えながら布団に潜った。

朝。おびただしい数のイイネがついている。
終わった。絶対に燃えてる。

「どこの馬の骨が挙手しとんねん」
「黙れ反社」
「タヒね」
そんな言葉が頭を過る。

吐いた唾は飲めないので恐る恐る開いた。

「きゃー!彼らを知ってくださってたんですか!?」
「立候補してくださる人がいるなんて嬉しすぎる!」
「この人の劇団を観たことがあるファンですが、本当に素敵なお芝居をされます!実現して!」

そこには優しい世界がありました。ごめんね。強火で殺されると思ってました。
ヤンキー映画を観た帰りと同じように胸を張って肩を揺らして劇場へ向かう。

「野村さん、昨日のツイートなんですが」

僕はSNSでの素行不良で、歴代マネージャーは通知オンを義務付けられている。

「すいません、調子こきました。悔しくて」
「オファー来ました」
「マ?」
「ただ稽古を組むのが難しくて、10回も無いようでして」
「マ?」
「あと新作をされるには執筆時間の確保が難しく、どのみち野村さんまた死ぬと思います」
「マ?」
「どうされますか」
「やるっしょ」

そうして決まりましたのがあの公演。
現状、僕の最後のテレビ出演。


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