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polca立ち上げとご協力の御礼。母を拡大解釈の「」の中へ入れてくれたみなさまへ

大人になってから「ああ、今自分は無償の愛をありったけに受け取っているな」と感じる経験は(多分)数えるほどしかない。

世の中はどんなに綺麗ごとを言っても、どうしてもやっぱり ”ギブアンドテイク” でできていて「与える側」は少なからず見返りを求めるパターンが多いから。
みんな自分の人生を自分ごとで生きていれば、守護が「わたし」になるのは当然のことで。もちろん「」の中が自分の大切なもの、家族や恋人、友達になることもあるけれど、拡大解釈しても、その輪はそれくらいが限界なのかなあと思っていた。だって、「」の中に詰め込めば詰め込むほど「わたし」は薄くなっていく。人生は有限だ。愛を誰彼構わず、振り撒く余裕はない。

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わたしの母の病気が発覚したのが半年前、急速に進行したのがここ2週間。わたしたち家族の生活は、まるでジェットコースターのようにあらゆる事の対応と判断を目まぐるしく迫られるようになり、急変。

毎日病院へ通い、話を聞き、また違う病院へ予約を取り、話を聞き。
介護保険を申請したり、漢方を煎じたり。
早くて年内で、と言われた主治医の言葉に私たちは真っ青になり、
父はいつの間にかあまり会社に通わなくなり、
わたしも家からあまり出なくなった。

父と、母と、わたしと、猫3匹が息を潜めるように暮らす家の空気は決して明るくなく「なんだか漫画に出てくる地下シェルターみたい」と思い始めたころ。

友達のさくらんが、母の病気を応援してくれるpolcaを立ち上げてくれた。

この時生まれたのは、ああ有難いなあ、というありったけのさくらんへの愛と感謝と、正直これ集まらないだろうなあというネガティブな感情でした。

近しい人間の家族ならともかく、polcaはインターネット上のわたししか知らない相手にも届く。顔も見たことのない相手の、さらにその家族。何度考えても「拡大解釈の外にいる存在」だったから。

だから、さくらんから「100人以上支援してくれている」
という話を聞いた時も、次々とnoteで送られてくるサポートも、
何度もボロボロ泣いてしまった。

嬉しかったし驚いたし、私の母の病気は保険がほぼきかず、湯水のようにお金が毎日飛んでいくので有り難くてホッとして泣いてしまったのももちろんだったけれど、
「世界ってこんなに優しいんだ」
「人間って人間にこんなに優しくできるんだ」
って思って、何だか泣いてしまった。
そして同時に自分の器の小ささを実感した出来事でした。

母の治療は現在やっとスタート地点に立ったところで
(それもまた、別のnoteに)
ここから長い旅がはじまります。

挫けそうになったら、この事を思い出そうと思います。
沢山の方が無償の愛を注いでくれたように、
私ももう少し自分の器を広げて、優しくなりたい。

母の容体が落ち着いたら、改めてみなさまに”ギブアンドテイク”
ではなく、愛の循環をさせてください。

polcaを立ち上げてくれたさくらん、いつも相談にのってくれる大瀧さんはじめ、日々メッセージや、noteでもサポートやいいねをくださるみなさま。
コミュニティにも投げかけてくれたあんじゅちゃん。
polcaという素敵なサービスを開発してくれたみなさま。
そして今回、ありったけの愛で気持ちを救ってくれたみなさま。

本当にありがとうございました。


がんばります。

いつもありがとうございます。いただいたサポートの一部は書く力の原動力のおやつ代、一部は日本自然保護協会に寄付させていただいています。