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マイストーリー 地元

全何話になるか分からず始めたマイストーリー。
前回の記事では東京でいろいろあって地元に帰る決断をしたわたくしnontanです。

まず帰って来たといっても、もはや廃人と化していたわけで...これまたステキな職場の先輩が私の地元のメンタルヘルス系の病院を片っ端からリサーチしてくれて病院一覧を持たせてくれました。

先輩お元気ですか(/ _ ; )

母親と一緒にリストの片っ端から病院に行きました。とにかく無気力のまま引きずり回されました。

ある病院では、おじいさんが向日葵に向かってずっとお話ししていたり...
また別の病院は診察室の床がふわっふわの絨毯で敷き詰められ異様な雰囲気だったり...

そんな中で辿り着いた病院で優しいおじいちゃん先生に出会い、話を聞いてくれて簡単なテストをする事になったんです。
簡単と言ってもけっこうな量で頭が混乱しました。
そのテストの結果...鬱症状と診断され定期的にカウンセリングを受ける事に。
少しだけ薬も処方されたんですが体質に合わず副作用の嵐...治療の為の薬なのに薬で死ぬ思いをしました。
精神面はと言うと一向に良くならず、ついには自分を傷付け始めてしまったんです。
私の言い分は...

とにかく苦しい。自分を傷付けてその痛みがあるうちは気持ちが楽になる。だから死ぬ気じゃなく一瞬楽になりたくて自分を傷付けるんだ。

自分を自分で傷付ける...なんて事をしてしまったんでしょう。。それからは癖になってしまい止める事が出来なくなり、カウンセラーさんにもうカウンセリングだけではダメですね。大きい病院へ紹介状を書きますのでそちらへ行かれてください。と言われてしまい...捨てられた気分で号泣しながら転院したのを覚えています。

そして総合病院での治療がスタート。最初に長い長い時間カウンセリングをして、幼少期の頃からの話やとにかく原因究明の為の話が長時間ありました。
その後、診察となるわけですが。

診断は...鬱病、パニック障害、不安障害

とにかく無気力&涙が止まらない病だったので笑
ろくに先生と話が出来ず、毎回自分の気持ちを紙に書いて診察の時に先生に渡すという独特な方法の診察がスタートしました笑
診断を聞いた時、正直ほっとしました笑
よく分からない症状、これは病気だったんだ!!!そう確信出来たからです。

先生は毎回じっくり読んでくれて、ゆっくりゆっくり優しく話をしてくださいました。感謝です(;_;)

毎日とにかく辛く、苦しい。消えたい。想像を遥かに越える辛さ。

食事も出来ず睡眠もバランスを崩し、時に浴びるようにお酒を飲み、震える手でタバコを吸っていました。。焦りから仕事を始めて、症状悪化し退職する。何回も繰り返しました。1年の8割は消えたい感情と闘い苦しみました。何年も何年も。
幸い家族や友人には理解があり、本当に感謝です。そっと...でも常に見守り続けてくれました。

鬱病は心の風邪...そんな表現もありますが、これは列記とした脳の病気だと思います。
病気とハッキリした以上、治療しよう!
そう思いました。あまり薬を飲みたくないという気持ちも分かります。でも時には薬の力を借りてもいいと私は思います。私も薬との出会いは大きかったし薬のお陰で今があるとハッキリ言えます!

私を救ってくれた薬...パキシル

私にはこの薬が本当によく作用してくれました。この薬に出会って私は少しずつ日常と自分を取り戻しました。ここまで来るのに不調が始まってからたぶん4年くらいかかってますが笑

社会復帰も出来ました!そしてカメラマンという職に出会い今があります。
仕事をしていても鬱の波はあり、パニック発作はあり、スッキリ回復なんて夢のまた夢でしたが廃人からは抜け出せたんです。
私が勤めた会社は理解があり、何も言わず休ませてくれました。来れそうになったらひょっこり来ればいいから!それが私が調子崩した時の社長の口癖でした笑

確かに薬はうまく使わなければ毒となる。よーく分かります。処方された薬を飲んだり飲まなかったり、多く飲んだり少なく飲んだり。副作用だって笑えないレベルです。いっぱいいっぱい経験しました。そして飲まない薬を何百錠と溜め込みました。

いつか一気に全部飲んで終わりにするんだ...

そんな風に思っていました。
でもパキシルを飲み始める時に薬剤師さんに言われたんです。

もしかしたら年単位でこの薬を飲む事になるかもしれない。でも、いつか必ず暗いトンネルからぱっと抜け出す瞬間は来るからね!大丈夫だから!

その時は感情がなくなっていたので聞き流していたんですが、その言葉は本当だったんです!
ある日の朝、目が覚めたらなんとも言えない感覚があったんです!

あっ...なんか...楽!

もしかしたらこの感覚は私だけかもしれないですが、本当に不思議なくらい楽って思える時が来たんです。なんだかもう泣けて来ました(;_;)

それからは感情の波はありますが、その波の上がり下がりが小さくなり緩やかになり...
パキシルは飲み続けてましたが毎日仕事に行ける生活になりました。
ただね、、、パキシルの恩恵を浴びつつ、代償もあったんです。

体重20キロ以上増ーーーー(゚∀゚)

でもそれまでが辛すぎたので、普通に生活する事のありがたみが嬉し過ぎて、体重なんてどうでも良かったんです笑

いろいろ話し切れなくて、端折りまくりですが私が鬱病になりそして人並みの生活が出来るまでのお話しでした(^_^)ここまで来るのにかかった期間、約18年。。なっがぁぁぁぁぁぁ( ̄∀ ̄)笑笑

人生いろんな事がある。辛い事があるから嬉しい事や幸せな事が引き立つんですね。
綺麗事かもしれないけど、私は辛くても負けないでなんとか踏ん張れた!その自信はあります!
今辛い真っ只中の人に、経験をした私だから言わせて欲しいんです。何年もかかるかもしれないけど、絶対に大丈夫!!!

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