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傘を広げる夢を見た朝

風呂あがりの娘が洗面所で長いことじっとしていたのでどうしたのだろうと思っていたら、『すーちゃん』を読んでいた。

わたしがお風呂で読んで、洗面所に置き忘れていたやつだ。

わたしは湯船につかる時はほぼなにか、本や漫画を読んでいる。
大ざっぱでせっかちな性格なので、お風呂も浸かるやいなやもう出たくなってしまうのだが、身体をあたためるためにはそれなりに浸かっていないといけない。
そのために本を持ってお風呂に入るのだ。

髪も乾かさずタオルにくるんだまま、しゃがんで本を読みふける娘に、頭上から
「『すーちゃん』読んだことなかったっけ?」
と尋ねると、
「ううん。すごく面白い」
と、彼女は洗面所に座りこんだまま、結局一冊一気に読み切っていた。

この味わいがわかるとは、さすがもう中学生だな。
と思いながら、わたしもしばらく本棚に並べた『すーちゃん』シリーズを繰っていた。

それは、とてもささいなことなのだと思う
人を
嫌いになる理由
なにかひとつのことが嫌いなんじゃなくて
いくつかの小さいイヤな部分が
まるで
たんすの裏のホコリみたいに
少しずつ、少しずつたまっていき
そして
掃除機で吸いこめないくらいに、
その人が嫌いになる

『どうしても嫌いな人  すーちゃんの決心』益田ミリ


わたしは昔から、人を嫌いだと思うことが苦手だった。
嫌だなと思う人がいないわけじゃないんだけど、嫌いという感情を持つことが苦手なんだと思う。心の中でその感情を留めておくことが嫌なので、逃すようにもしていた。

思春期にはありがちなこととして「自分はなんてネガティブな性格んだろう」と思っていたけど、思えば、そんな風にできるのはけっこうポジティブなほうだったのかもしれない。

誰かを嫌いだと思うひまがあるなら、素敵なことや穏やかなことを心に留めていたい。
ものすごく基本的なことながら、穏やかな気持ちが1秒でも長いほうがいいよねと思うし。

だから日常生活の中で誰かと関わっていて「え?」「は??」と思うようなことがあっても(それはもちろん、ある)、すぐに心の中に自分で風を吹かせて、雨を降らせて、さっぱりと流してしまうようにしていた。
はいはい、あれまあ、まあいいかと。

でも最近、
嫌だなと思うことや人は、心のなかの「すごく嫌だなと思っております」と書いた箱に、堂々と保存しておいてもいいんじゃないかと思ってきたのだ。

なんでかっていうと、この『すーちゃん』の言葉みたいに、自分では流したと思っても流しきれていないホコリがあって、その小さな「嫌い」がすこしずつ大きく丸まって、いずれの自分に向かってゴロゴロと転がって逆襲してくることがあるからだ。

ていうかしばらく前に逆襲された。
「嫌だな」の感情の大雨みたいなやつ。
「いま来たかー!」と思った。

すーちゃんの言うこと、胸に突きささるな。

まずは心の中にそういう箱を作るところからだな。逆襲されないためにも。
黒いマジックで「すごく嫌だなと思っております(確定)」と書いた箱をしっかり作っておく。

・・・

翌朝、
「すごい悪夢を見た」
と朝のパンをかじりながら娘が言う。

へぇ、どんな?と尋ねると、登校中や下校中のシチュエーションで銃を持った人に出会って銃口を向けられる夢だったという。
それは怖いね。
でもさ、銃よりナイフの方が怖くない?銃は瞬間的に死ねそうだけど、ナイフはきっとしばらく痛いよ。と言うと、
「そういうことじゃない。わたしはどっちにしろ死にたくないんだよ」
と怒られた。
ですよね。そういうことじゃないね。

お皿を洗いながら、わたしは今朝どんな夢を見たっけ?としばし思い出してみた。

どこかに向かわねばならず急いで歩いていたら雨に降られ、びしょびしょになって、どうしよう…と困ってたら道端にビニール傘を見つけて、「助かった!」と思う夢だった。

夢占い見たら、なんか出てきそう。
(でも、見ないけど。)

なんにせよ、傘が見つかったのはよかったと思う。夢にしてもびしょ濡れはやだよ。