また、1番目の席
ふた月ぶりかと思っていたら、3ヶ月ぶりだった。
つーさんとの面会。
体感ではもっと短かった、けど、そうか、その間にわたしは舌痛症&鬱で仕事をひと月休職し、復職し、まだ回復しきらない自分をなだめつつ、凹みつつ、日々を必死で過ごしてきたのだった。
そうしたら、あっという間に夏になっていた。
そうか、そうか。
休職したことは後になってからつーさんには手紙で知らせた。鬱の渦中のときは、申し訳ないけど自分をなんとかするので精一杯で、つーさんのことまで考える余裕はなかった。
つーさんにとっては唯一のと言っていい命綱であるわたしが3ヶ月も面会ができなかったということは、この3ヶ月のあいだつーさんは誰とも会話していないことになるだろう。
(もう一人の面会許可者である僧侶のタマモトさんは、新幹線の距離に住んでいるのでなかなか来られない)
週に一度位のペースで届く手紙は、窓もエアコンもない独房の暑さでじりじりと追い詰められているつーさんの精神状態が伺えるような、それでも何とか自分を保っているというような不安定な筆跡になってゆき、それでもつーさんはわたしの体調を気遣うひと言を忘れずにいてくれた。
だが、一週間ほど前に、とうとう
「暑くて参ってる。意識が飛びそう。たすけて」
という一行のみの手紙が届いたのだ。
まずい、と思ったが、ちょうど娘がコロナになっていた時だったのですぐに駆けつけることはできず、その代わりに郵送でお金を差し入れて「行ける状況になったらすぐに行くから、まずはこれでなにか冷たいものを買って」という速達を出した。
そうしてようやく、会いに行けたのである。
つーさんがどの程度参っているのか、面会に出てこられる状態なのか、精神的に保てているのか、分からないながらも拘置所で面会申請をしてみると、案外とすぐに番号が点灯した。
(拘置所の面会は、電光掲示板の番号で呼び出されるシステムなのです)
荷物をロッカーに預け、金属探知機の身体検査を受け、長い長い廊下を歩いて、エレベーターで10階までのぼって面会室へと向かう。
現れたつーさんは、前回会った時よりもまたひと回り痩せていた。
表情にも覇気がない。覇気がないなんてそんな生活をしていたら当たり前だけど、初めて会った頃のつーさんは「大阪の元気な兄ちゃん」という感じだったので、年々生気なく萎んでゆくさまを見ているのはやはり、同い年としてもつらい。
そんなしょぼくれた状況でも、「体調は大丈夫なん?」とひと言めにこちらを気遣ってくれるつーさん。友達思いなのである。
そこから20分ほど、お互いの体調のこととか、つーさんが食べたいもののこととか、つーさんが最近注文した食パンにゴキブリが挟まっていたこととか、ショックを受けてそれ以来パンを注文できなくなったこととか、オリンピックのこととか、あれやこれやと話す。
つーさんの隣には面会立ち会いの刑務官のおじさまが座っていて、会話の内容をメモしている。
と言ってもわたしたちはいつもたわいもない会話しかしないので、メモすることも少ないのだろう。おおむね、筆を動かさずにじっと座っておられる。
私が差し入れたお金で、アイスを購入することができたという。
アイスは週に一度だけ、ひとり2つまで注文ができる。部屋が暑くて直ぐに溶けてしまうので、サッと食べなければならない。
頼めるのは爽のバニラ味と、サクレのレモン味。つーさんは爽のバニラ味に、ココアパウダーをかけて食べているという。ティラミスみたいだな、と思う。
拘置所の独房にはもちろんテレビなどないが、ラジオだけは聴ける。
「オリンピックで一番見たいのは、サーフィン」
と、つーさん。
え、サーフィン?意外だねと返すと、
「うん。海が好きやから」
と言う。そうか。
「サーフィン、バスケット、スケボーの順かな。見たいので言うと」
なるほど。なんとなくつーさんらしい。
ちなみに確定死刑囚の身分になると、週に一度だけ、テレビを見ることができる。
映画やテレビ番組のリストがあって、そこからひとつ選ぶのだ。
「たぶん来月くらいになるとオリンピックのダイジェストがリストに載るんやけど、サーフィンはほんの一瞬で終わってしまうのよな」
と残念そうにする、つーさん。
たしかにサーフィンはメダルも取らなかったし、そこまで取り上げられないのだろう。
最近は映画「リメンバーミー」を見たそうだ。あれはいい話だよね、と言い合う。
生きている人に忘れられてしまった時に、人はふたたびの死を迎える、というようなテーマの映画だった。
「自分も、忘れないでほしいよなあ」
と、つーさんがつぶやく。
帰りに売店で差し入れて欲しいものを尋ねると、
カントリーマアム
ピザポテト
御あられかきもち
ミックスナッツ
醤油
とのリクエスト。
ささっと手帳にメモして、そうして面会時間が終わる。
去り際に刑務官さんが笑いながら、
「俺も、前にチョコレート食べてたらさ、中からウジ虫が出てきたことがあってさ」
と突然、言う。
ええっ!!と、つーさんとわたしが驚くと、
「いや本当にさぁ、かじったらニョロって。あれは驚いたなあ」
驚くどころじゃないですよねえ!チョコにウジ虫は!と、ひとしきり三人で盛り上がった。
こんな風に話に参加してくれる刑務官さんもいるし、ジッと地蔵のように気配を消して黙っている刑務官さんもいる。
優しく見守って、なるべく長く面会時間をとってくれる方もいる。
刑務官さんも心を持った人間だし、さまざまだ。それはこの10年ほどの拘置所通いでわかったことのひとつ。
帰り道、また、いつものカフェへ。
今日は1番目の席。暑かったけど、なんだか暖かいものが飲みたくてカプチーノを頼んだ。
次にくる頃にはもう秋になっているだろう。
つーさんの心身が少しでも元気になっているといいのだが。
拘置所を出た時に撮った、夏の空。
秋には、わたしももう少し元気になれていたらいい。秋になれば、きっと。