映画「ハウス・ジャック・ビルド」、お前何言ってんの?
トリアー監督の映画は「鬱」で有名だ。
一番有名なのは、歌姫ビヨークが盲目の女性主人公を演じた「ダンサー・イン・ザ・ダーク」だと思う。「見ると鬱になる映画」系まとめサイトを見ると大体載っている。実際主人公は救いようがない位不幸だし、映画の撮影中のビヨークは監督からセクハラを受けるし、考えてみたら、ろくでもない。
それでも世界中の映画館で放映されて、映画祭で常連だったりするのは、誰も考えなかったような過激な内容で映画を作るからなんだろう。
最近の作品「ハウス・ジャック・ビルド」も相変わらず過激だった。
前作の「ニンフォマニアック」では性に奔放すぎる女性を描いて「これが男だったらよくある話なのに女だったら過激になるの、なんでだろーねー?」みたいなことを登場人物に語らせていたくらいには過激だったけれど、今回は連続殺人鬼の過激さだった。
主人公ジャックはたまたま通った道でタイヤがパンクし困っている女性をみつける。
助けてくれ、という彼女に押しきられる形で彼女を車に乗せて知り合いの金物屋に連れていくが、結局ジャッキは直らずパンクは直せない。助けてもらっている立場なのに、この女性は行きも帰りもジャックに失礼なことを言いまくる。
行きは「あなた殺人鬼みたいな風貌ね!」帰りは「前言撤回、あなたみたいな人は殺人をできるような勇気なんてないわ」みたいな。
それで我慢の限界が来たのかなんなのか、ジャックはジャッキで女性を殺しましたとさ、チャンチャン。
勿論それで物語は終わらない。
ピザ屋をやろうとして買った冷凍室がたまたまあったから、ジャックは死体を冷凍庫に隠す。そして、自分は芸術家だと嘯いて女性をいろいろな方法で殺していくけれど、正直吐き気がするようなものばかりで何が芸術なのかさっぱりわからない。
物語は古代ローマの詩人にして、かの有名なダンテの神曲において地獄巡りの導き手であったウェルギリウスがジャックにインタビューする形で進む。その間ジャックは、ひたすら自分の芸術論を語るが、やっぱり意味がわからない。
建築家になりたかった、と豪語するジャックは自分一人で家を建てようとしては白紙に戻し、を繰り返し、最終的に警察に捕まる直前に、ウェルギリウスに「お前、家つくるんじゃなかったのかよ。家はどうしたんだよ」と言われて死体で家を作る。
意味わからん。
最終的に警官に射たれてジャックは死に、ウェルギリウスに導かれて地獄へ進む。ダンテと違って地獄の門番に「あなたの乗る船はこれじゃないでしょ!」と言われることもなく(連続殺人鬼なんだから当たり前)地獄の底の見えるところへやってきて、ウェルギリウスに「君のいるところは、もう少し上の階層だけど、見せるためにつれてきた。断崖絶壁の向こうに天国へ抜ける道があるよ」と言われると、何で自分が行けると思ったのか、ジャックは断崖絶壁をよじのぼり、お約束通り滑って地獄の底へ落ちていく。
そこで流れるエンディングの歌詞は「ジャック、出てけ! お前の顔なんて二度と見たくない」。
長ったらしい、それっぽい芸術論を延々と聞かされていたところで、正気に戻って「いや、お前、何言ってんの?」と主人公に言わんばかりの演出で、気持ち悪さと不快Maxで続いていた映画のラストをすっきりとまとめてくれる。
むしろこのエンディングで主人公を罵倒するために見ていたとさえ思う。にしても殺人シーンが不快すぎるけど。
そういえば、犯罪心理学の本によれば、犯罪者の性格傾向に、無駄に自信がある、というのがあるらしい。とにかく俺は捕まらない、とか、犯罪を失敗しない、とか、そんな根拠のない自信がある人が多いらしい。