ホテル、モーテル

彼女は、古いホテルの狭いシングルルームのベッドに腰掛けていた。膝をぴったりと揃えた彼女の足先には、黒い靴下が脱ぎ捨てられている。

男は大きな頭にシルクハットを被っていた。男は、彼女の額に銃口を向けている。男の足元には、ぐったりと力の抜けた老婆が横たわっていて、男は「お前もこうなりたくなければ、奴の居場所を吐け」とセリフめいたことを言う。

彼女は、男の銃口を見つめながら、何か呟く。何かセリフめいたことを。

彼女がこの旅行用に買ったトランクの中には、2日分の着替えが入っていた。足りなくなれば、現地で買うかホテルのランドリーを借りればいいと思っていた。

窓の外を路面電車が走っている。小さな女の子が、「インターネットがあるから、いつでも何でもできるんだよ」と誰かに教えてあげているのが聞こえてくる。窓が開いていた。



僕と彼女は、アナハイムの街にしばらく留まることにした。地図アプリで見つけたモーテルでツインルームを1週間借りて、そこでゆっくりすることに落ち着いた。部屋は電気をつけても薄暗かったし、僕が横になるとベッドが軋む音がした。1週間後には、ベッドが真っ二つに折れているかもしれない。

2キロ東に行けば、ロサンゼルス・エンジェルスの本拠地があるし、西に1キロ行けばディズニーランドがあるけれど、僕達はアナハイムにいた1週間、どこにも観光には行かなかった。

モーテルは、全部で4つの建物に分かれていて、そのどれもが安アパートに見えた。1つは本館で、そこには受付があり、朝食を食べられるカフェテリアもあった。建物はすべて2階建てで、受付の男の話では向こう一ヶ月はほぼ満室のようで、僕達のようななんの予約もしていない客がその日にそのまま泊まれることはラッキーなことらしい。

僕達は本館の脇に設えられているプールで、ほとんどの時間を過ごした。朝起きると、カフェテリアでワッフルを焼いてもらいそれにメープルシロップをかけて食べた。それから対面にあるドラッグストアで買った間に合せの水着で、夕方涼しくなるまで、水を浴びたり陽を浴びたりしながら過ごした。

プールは、大人が10人くらいは一緒に入れる広さの円形のものだった。プールサイドには、いくつかビーチチェアも置かれていて、僕達はそことプールを往復して過ごした。ほんの15メートル向こうは幹線道路で、道から僕達の姿は丸見えだったが、誰もこちらを見ていなかったし、僕達も人目を気にすることはなかった。

昼間のうちは、お腹が空くとコンビニで何か適当なものを買って食べた。僕はだいたいカップラーメンを、彼女はフランクフルトとナッツを昼食代わりに食べた。日が暮れると服に着替え、隣のバーガーキングで時間を潰しながらハンバーガーを食べた。花火の上がる音が聞こえてきたら、僕達は店を出て、ドラッグストアでバドワイザーを4本買って安アパートのようなホテルに戻る。ディズニーランドの閉園直前の花火を廊下で見ながら、バドワイザーを飲み、部屋に戻ってシャワーを浴びたら、各々のベッドで寝る。朝が来たらまたワッフルを食べる。そしてまたプールへ向かう。おおそよ同じリズムで、同じことを繰り返し、僕達は1週間を無為に過ごした。