私を事務所で一番のVTuberにしてください SideA

「みなさん、この度新人Vtuberとしてデビューしました、彼岸花ユーリです……5人組ユニット『ふわふわフラワー』の赤担当、よろしくね。」

モニターの中で赤い髪の女の子が揺れる。
ステイホームでもお構いなしと主張してくる蝉の声を払い除けながら、僕は今日デビューしたばかりのVTuberの配信を見ていた。
うん。声がとても好みだし、守ってあげたくなるような小動物系の動きや会話のテンポが癖になる。
これから伸びるだろうし早めにチャンネル登録しておこう。

それから、僕は毎日ユーリちゃんの配信を見ていた。
事務所所属ということもあってか、メンバーシップと呼ばれる月額課金するとメンバー限定の特典が利用できる機能も開放され、僕はすぐに課金した。
歌配信、ゲーム配信、視聴者参加型配信……ありがちな配信は一通りやり尽くした頃、初めての5人ユニットでのコラボ配信が企画された。
彼女は最初の配信で5人組のユニットと言っていたが、今まで絡んでいるところは見たことが無い。僕も既に推しが多すぎることもあって他のメンバーの配信を追えていないから、この配信で初めて他の4人のメンバーを見ることになる。

コラボ配信が始まった。どうやら流行りのお絵描き伝言ゲームをやるようだ。
全員一通り自己紹介を終えたあたりで、ほんの少し違和感を覚えた。
ユーリちゃんだけ、音質やレスポンスが他のメンバーと違うように思えた。
まるで他の4人は同じ場所に集まっているんじゃないかと思えるほどだったが、もともとユーリちゃんは声が大きい方じゃないし口数も少ない。こういう杞憂はオタクの悪い癖だと、気を取り直して配信を見ることにしよう。

今回の配信は……控えめに言って最高だった。
他の4人も凄く愛嬌があったり、天真爛漫だったり、頭が良かったり、絵が上手かったりと特徴的なメンバーが揃っていた。僕は即座に全員チャンネル登録をした。

その次の日、ユーリちゃんのメンバーのみ見ることが出来るチャンネルページに初めて投稿があった。絵文字も顔文字もない、たった一行の言葉だった。

「私を事務所で一番のVTuberにしてください」

コメント欄には
「もちろん応援するよ!」
「頑張れ!」
なんて言葉が並んでいたが、僕はなんだか萎えてしまった。
あまり自己主張が激しいタイプではなさそうだったのに、
凄く必死なんだなと思うと、なんだか熱が冷めてしまったのだ。

それ以来、僕はコラボ配信で知った他のメンバーを見るようになった。
めちゃくちゃ歌が上手かったり、雑談が面白かったりと、僕は今まで以上に満たされていた。

そして彼女たちのデビューから1ヶ月が経った。
僕はユーリちゃんの配信を見ることが無くなっていた。
メンバーシップの課金を止めようと、久しぶりにユーリちゃんのチャンネルページを開いた。

「助けて欲しい、明後日までにチャンネル登録者数が5人の中でどうしても一番にならないといけないの。何だってするから、お願い」

チャンネルを開いたら自動で流れる動画から、涙ながらに訴えかけてくる声が聞こえた。
投稿は2日前……ということは、今日までってことだよな。チャンネル登録者数は5人の中で一番少ないし、流石に無理だろうな~。
興味が薄れていた僕は、ぼけーっと考えながら手短にメンバーシップを解約してブラウザを閉じた。

その翌日、ユーリちゃんが事務所を卒業するという発表があった。
そうか……事実上のクビみたいなもので、だからあんなに必死だったのか……と僕は少し心を痛めた。
そして、同時に5人組の新ユニットがデビューすることも告知された。
一ヶ月前と同じように見えたその告知ツイートには、こんな一文が加えられていた。
「”ユーリ”が死んでしまう前に、今度は助けてあげてくださいね」

悪趣味にもほどがある告知に大荒れ状態のコメント欄を気にも留めていない様子で、もうひとつツイートが流れてくる。

「ユーリは旅立ちました。さよなら!」

何が写っているのかよくわからない写真も一緒に載せられている。
薄暗すぎてよくわからないが、どうやら絵ではなく実写の写真に見える。

なんだか気味が悪くなった僕は、以降その事務所に関わる配信を見るのをやめた。相当儲かっていて東京に大きなオフィスを構えたり、海外に進出したりしているらしい……まぁ、もうどうでもいいんだけど。

僕は今日も冷凍食品をレンジで温めながら、新しいVtuberを探している。

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