どっちがお好き?
ぱち。ぱちぱち。
何度か瞬きをする。
おかしい、夜間パトロール中だったはずでは……。
ぼんやりと霞ががった頭を叩き起し、上体を起こす。
「チッ」
何故、こんな路地裏で寝ていたかわからない。敵に襲われたのか。いや、そのくせ体は無傷で痛みを感じすらしない。
いろいろな考えを巡らせては霧散し、冷静さが欠如していく。
あぁ、喉が渇いた。
泡沫のように浮かんでは弾けていた考えを一掃するように、頭の中で繰り返す。
何か、飲みたい。
ふと、唇に当たる鋭い何かに意識が向かう。そっと指でなぞってみると、それは自分の歯茎に繋がっている。
これは、犬歯だ。それも長く、鋭い。
普段の歯と異なる形状に戸惑いつつも、これが敵の個性の仕業だとわかった。何故なら、出勤前にデクが教えてくれたからだ。
「かっちゃん、触った相手を吸血鬼にしちゃう個性を持つ敵がいるらしいよ!気をつけてね。」
自分の長く鋭くなった犬歯を舌で舐めながら、思い出す。
「チッ」
二度目の舌打ちをする。
知っていたのに防げなかった。そんな己に腹が立つ。しかし、犬歯が吸血鬼のようになっただけであるため、気にせずそのまま帰ることにした。そろそろデクの方も帰っている頃だろう。一緒に晩酌をするのを楽しみに待っているはずだ。
「酒……買って帰るか。」
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ガチャ、キィ。
待ち望んでいた音が聞こえるなり、僕は調理の手を止め、玄関へ走った。
「かっちゃん!おかえり!」
嬉しさを隠すことなく、元気な声で出迎え、愛する人の逞しい体に無遠慮に抱きつく。すると、かっちゃんがコンビニの袋を手にぶら下げていることに気付く。
「わぁ、何か買ってきてくれたの!?嬉しい!」
満面の笑みでかっちゃんの顔を見た。
「あれ?」
かっちゃんの様子がおかしい。
心ここに在らずだし、よく考えたらお出迎えハグなんて、いつもさせてくれないのだ。
それに、なんだか、息が荒い?
「かっちゃん、何かあった……?」
「喉乾いた。水。」
「あっ、うん、今注いでくるね。ソファに座ってて。」
ん、と味気ない返事が聞こえ、急いで冷蔵庫のミネラルウォーターをグラスに注ぐ。
ソファに寝転んだかっちゃんを心配そうに見つめながら、グラスを渡す。
かっちゃんは受け取ると直ぐに、ごくっ、ごくっ、と勢いの良い嚥下音を鳴らしている。
かっちゃんの喉仏が動く様にどきっとしてしまう。これが色気というやつであろうか。
そもそもかっちゃんは色気むんむんだから……。
「もう一杯。」
かっちゃんに見蕩れていると、催促されてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってね。」
小走りでミネラルウォーターをボトルごと持ってくる。するとかっちゃんはボトルを奪い取り、飲み口から直接浴びるように飲み始めた。
僕が呆気に取られていると、かっちゃんは僕を睨んで吐き捨てた。
「足りねェ……。」
「はぁ!?それ2リットルペットボトルだよ!?どんだけ飲むんだよ!」
「うるせぇ!喉が乾いてんだよ!」
かっちゃんが大口で怒鳴る。
今、一瞬、口の中に変なものが見えたような……?
「かっちゃん、口の中見せて。」
真剣な顔でかっちゃんの顎を掴み、優しくお願いする。
「きめぇ!」
手を思い切り払いながら吠えるかっちゃん。
また、見えた。長くて鋭い歯。
「君、敵の個性を受けたままだろ。」
あれは人間の歯ではない。そう、まるで吸血鬼のような……。
「チッ」
バレたか、とでも言うような不満げな顔。
「……。」
「……。」
僕はかっちゃんを真っ直ぐ見つめ、かっちゃんは僕を睨んだまま沈黙が続く。
これじゃ埒が明かない。
「はぁ……その個性、噂のやつでしょ?吸血鬼になるっていう。」
「歯しか変わってねぇよ。」
「大量の水を一気に飲んでたよね?」
僕は頭を抱えた。
かっちゃんは意地を張っている。俺には何の問題も無いのだと、虚勢を張っているのだ。まるで焦りを隠すかのように。
これはやっかいだ。まぁ、かっちゃんの意地っ張りはいつもの事として、敵の個性の詳細がわからない。喉が渇くだけなのか?水を沢山飲めば効果が切れるのか?
ぐるぐると思考をかけ巡らせ、解決の糸口を探る。
そうしている間にも、かっちゃんは冷蔵庫を開け、次々と水やお茶を飲み漁っている。
「ガ……ッ」
かっちゃんがふらつき、頭を棚にぶつけた。慌てて僕は駆け寄る。
これはドジではない。多飲による水中毒だ。
「かっちゃん!飲むのは止めるんだ!」
そうだ。吸血鬼になる個性。吸血鬼は……血を……。
カチカチとパズルのピースが組み合うように、思考を纏めていく。
「かっちゃん、僕の血を飲んでいいよ。」
粗く刻まれた白菜の横に置いてあった包丁を右手で取り、左腕に刃を滑らせる。
ぽたっ……
一筋の流れが僕の腕を伝い、床へと雫を落とす。
かっちゃんはそれを見るなり、僕の腕に齧り付く。
「ぅぐ」
僕の腕に全力で噛みつかれ、あまりの痛さに呻き声が漏れる。
かっちゃんの鋭い犬歯が肉に食い込み、包丁で裂いた傷が拡がる。一筋だった血は瞬く間に二筋、三筋と数を増やしていく。
ぴちゃぴちゃ、ずるずると、かっちゃんが僕の血を啜り舐める音が部屋に響いていた。
10分は経っただろうか。
最初こそ痛みを感じていたが、今ではそれも麻痺している。それよりもかっちゃんの熱に浮かされた表情や、熱い舌、牙が傷をなぞる度に受けるじんわりとした刺激で、僕の気持ちが昂ってくる。
「ま、って……」
僕の渾身の頼みなのに、かっちゃんは一瞥もくれず、まるで聞いていない。
ひたすら僕の血を舐め取り、傷が閉じてきたら牙で開いて、また血を飲むというループだ。
このままじゃ、僕が出血多量で死ぬぞ……。
漸く僕にも危機感が湧いてきた。
血を飲んで効果が切れる個性じゃないのか?吸血鬼って聞いていたし、かっちゃんの牙はまさに吸血鬼そのものだし、血以外に何が……。
靄のかかった頭で必死に考えを巡らす。
そうしている合間にも、かっちゃんは苦しそうな顔で血を啜り舐めている。
考えても思考が纏まらない。血が脳に十分に運ばれていないのだから当たり前か。僕の血は常に流れ出ているし、それに……脳以外に血が集まっている。
おかしい。
かっちゃんが僕の血を飲んでいる。
ただそれだけなのに酷く興奮している。
大好きなかっちゃんが僕の腕に舌を這わせ、吸い付いている。しかもその柔らかい唇からは鋭くとがった牙が見え、てらてらと血に塗れて艶めかしい。
意識するとそこから目が離せなくなる。
かっちゃんの牙が僕の傷を撫でる度、僕の腰はびくりと跳ね、股間に血を巡らせる。
甘く、鋭く、それでいて痺れる快感が背中を駆ける。
「あっ。」
もう、立っていられなかった。へたり込んだ僕の腕にかっちゃんは吸い付いたままついて来た。
はた、とかっちゃんが血を吸うのを止める。
「も、戻った……?」
「デ、く」
掠れて上擦る声で応えたかと思うと、かっちゃんは僕のズボンを勢いよく脱がせた。
「えっ、えっ、かっちゃ」
言い終わらない内に僕は気付いた。いや、気付いてしまった。これからの結末を。
下ろされたズボンの下には、かっちゃんとペアで買ったオールマイトが印刷されたパンツを履いていた。しかし、今そこにかっこいいオールマイトはいない。あるのは、僕の我慢汁でぐちゃぐちゃになったオールマイトだった。
かっちゃんはさっきまで血に夢中だったことなど、すっかり忘れたようで、今では僕の我慢汁のシミに釘付けだ。
「いや、確かにこれも水分だけど……」
恐る恐るかっちゃんの表情を窺うと、その顔はさっきまでの苦しそうな顔ではなかった。言うなれば、砂漠の中でオアシスを見つけた時のような顔だ。
やばい。
と、思った時には遅かった。
かっちゃんは、僕のパンツをひん剥くと、たらたらと情けなく汁を垂らす僕のおちんちんにむしゃぶりつく。
「あっ、ん……やめ、て……」
かっちゃんは僕の足の間に頭を挟んだまま、無我夢中でおちんちんを吸ったり舐めたりしている。
普段は一切してくれず、慣れない行為のためか、僕の体は喜んでしまっている。
どんなにきつく口を結んでも、口の端からは秘めやかな嬌声が漏れ出てしまう。
「かっちゃ、ぁん」
自分でも驚くほどの甘い声で愛する人を呼ぶ。それでもかっちゃんは見向きもしない。
熱い吐息と嬌声、そして水音だけが木霊する。
かっちゃんは意識していないだろうが、舌は裏筋を舐め上げ、牙は雁首を引っ掻き、快感を増幅させる。すると、ぐつぐつと煮え滾った絶頂の知らせがだんだんと迫り上がってくる。
「あっ……出、る……!」
かっちゃんのツンとした髪を掴み、その口の中で果てる。びゅくびゅくと音が立つかと思うほど勢いよく出したためか、かっちゃんは顔を顰めた。
「〜〜〜〜ッッ!!!!コロす!!」
「も、戻ったの!?」
ぺっぺっと僕の残穢を吐き出しながら、胸ぐらを掴んでくる。
「かっちゃんからしてきたんじゃないか!」
「止めろや!!!」
そんなの無理だよ……と思いつつ、元に戻ったかっちゃんを見て一安心する。よかった。牙はもう無いし、元気そうだ。
えへえへ、と余韻に浸っていると、かっちゃんは救急箱を持ってきていて、僕の左腕を手当し始める。
「あ、ありがとう。」
「うぜぇ。喋んな。」
いつもの調子の会話をしながらもかっちゃんの優しさに触れて嬉しくなる。
「かっちゃん。」
「ん?」
「大好き。」
「知っとるわクソナード。」
これはかっちゃんなりの、俺も好きっていう返事。
それにしても何でかっちゃんは元に戻…………
そこで、僕の意識は途絶えた。
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ふんわりと香るコーヒーの匂い。
バターの匂いもする。
「ッはぁ!!!」
慌てて飛び起きると、かっちゃんがちらりとこっちを見て、メシ食うか?とだけ言ってきた。頷く間もなく、僕はかっちゃんに抱きついた。
「かっちゃんごめんねぇ〜〜」
「きめぇわ!!!何で謝っとんだ!」
「だって、汚いもの飲ませちゃったし……!」
「思い出させんなカス!」
ぎゃーぎゃー喚き合うのは何事も無い証拠だ。
こんなやり取りでもいい、と幸せを噛み締めていると、かっちゃんが口を開いた。
「……悪かった。」
かっちゃんにしては珍しく殊勝な顔をして謝ってきた。
へ?!あのかっちゃんが!?こんな顔できるの!?
「い、いや、かっちゃんが無事ならそれでいいんだ。」
かっちゃんの素直さに応えるよう、僕は冷静を装ってフォローをした。
それに満足したように、食おうぜ、とかっちゃんは朝ご飯を食卓に並べた。僕もグラスやカトラリーを出して手伝う。
「「いただきます。」」
かっちゃん手作りのバターで焼いたフレンチトーストに、こんがりベーコン、とろとろスクランブルエッグ、熱々のコーヒー。どれも美味しくて、にやけてしまう。さすが、かっちゃんは料理上手だ。
僕は日課のニュース番組を見るためにテレビの電源を入れた。
『今朝早くに噂の吸血鬼個性のヴィランが捕らえられました。吸血鬼にされるという個性の正体は、吸血鬼ではなく、淫魔になる個性であり、好意を寄せる人の精気を吸い取るまで錯乱する効果が─』
終わり