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舞台『拝啓、繊細な君へ』:上演記録

〈献辞〉
親愛なるお母さんへ

「上演記録」という他でもない自分のために書いたものを読んでくださる方々に
(相当に心優しき方だ…深謝)と思いながら、これを書いています。

自分にとってこの一人芝居ははじめてのことばかりで、続けていくかどうかは後で考えるとしてとりあえず一度挑戦してみようという意志で制作しました。
そして制作・上演を経た今の自分としては、今後この作品を持ちネタにしてどこかで再上演することはあったとしても新作は作らないだろうなと。一人で舞台に立つことは今の自分を知るいい経験になったけど、これからはみんなで舞台に立つおもしろさを追求していきたいなと。
それならば”この劇場で、この作品で一人で舞台に立ったことを記録に残したい”と思い、文字と写真で形に残すことにしました。

あらかじめお伝えしておくと、上演台本ではなく、上演記録です。

すでに舞台を観た方や実際の舞台に近い形でこの作品を捉えたいと思ってくださっている方にお楽しみいただけるものだと考えています。

さらにあらかじめお伝えしておくと、この脚本はほぼ実話です。

雨の日に仕事から帰ってきた、ただそれだけの話です。事実や実際に起きたことを点と点で繋いだ後、演出という嘘を混ぜてノンフィクションに限りなく近いフィクションとなる話を紡ぎました。わたしの非日常みたいな日常の話です。
日常のようなありふれたものの中からでも15分尺の脚本を紡ぐことができる、それがわたしの、そしてわたしじゃなくても生きている人みんなの日々だと思います。

でも話と呼ぶには大げさな気がするし、脚本と名付けられるほど立派じゃないし、手紙ぐらいの”気持ちを受け取ってもらえたら嬉しいもの”としてこの作品をお送りさせていただきました。
そしてふと雨の日なんかに(こんな作品あったな…)って思い出すことがあったらいつか思い返していただけたら嬉しいなってほんのり思っています。
そういう”誰かの作品を自分に置き換えて、自分の心に根付く作品に捉え直す時間”
というのが大切なその人の、その人だけの時間を育むとわたしは思っています。

”誰かのなにか”になれたら嬉しいです。

そしてこの作品に欠かせない「お母さんの言葉」は、
まさしく”自分にとってのそういう時間”を育んでくれました。

舞台って観てくださるお客様あってこそのものだと思うのに、こんなにも個人的な想いを載せまくっていて独り善がりになっていないか結構懸念しています。
でも一度この作品を書き上げる前に、同題名で別内容の脚本を書こうとしました。
「過去の自分から手紙が来て、未来の自分に手紙を送る」というフィクションを書き上げることができず、全て白紙にして、事実を元にこのノンフィクション寄りのフィクションを書き上げることができました。

だからここまでこの駄文的献辞を読んでくださった方には本当に申し訳ないけど、献辞は書き換えずこのままいかせてください。

親愛なるお母さんへ


2024.12.28. 新宿ファンタジーホール
映像制作集団 TEAM Gさん企画
舞台「空想的形状記憶について」参加作品

『拝啓、繊細な君へ』 脚本:柴田ののか

〈制作意図〉
舞台という空間を使って、日々に漂うそこはかとないものを、舞台に立ちながら自分が観劇してくださる方と一緒に掬うことができたら。

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2,623字 / 31画像

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