バリ島2020年の学級閉鎖、そして卒業
私は現在16歳でバリ島在住、高校は通わず今はホームスクーリングをしております。
今から三年前の2020年、そう、コロナ全盛期となった年の事です。
中学1年も後期に差し掛かり「コロナ」という言葉をちらほら周りで聞き始めた3月頃。
それでも「コロナ」は遠い存在だった私や同級生、それに加え先生もネットに上げられたコロナ騒ぎで奇行に走る人たちの写真などを見て笑っていました。
だって中国からのよく分からないウィルスより、締め切り間近のエッセイが進んでいない事の方が恐ろしかったですしね。
そして4月に入り、待ちに待ったフローレス島への修学旅行まで残り1ヶ月になった頃、通っていた学校の学級閉鎖が決まりました。
途中だった課題工作は壁に立てかけたまま、1年に上がってすぐに書いた1年後の自分への手紙も置いたまま、修学旅行が無くなったことに不平不満を垂らしながら、私達は教室を出ました。
その日最後の授業で先生は「分からないよ?もしかしたらこれが学校に通う最後の日かも」と冗談ぽく言いました。
生徒も皆冗談としてそれを笑いました
でも先生が言った通り、それが最後の通学日となりました。
それからは大変! 春休み後も学校に通えそうには無く、いきなり始まるオンラインでの授業。私はなんとかパソコンを持っていましたが、持っていない家庭などはきっと大変だった事でしょう。
慣れないオンラインの授業に、バリ特有の不安定なネット環境、それにパソコンが目の前にありながらも先生や親の目が無い。
そうなればお馬鹿な中学生はサボり放題で、先生達も苦労しただろうなと。
現に私もサボり気味でしたしね。
ごめんなさい。
そしてそのままぼんやりと日々が過ぎていき、いつの間にか学校最後の日になりました。
私の通っていたインター、小学校は国に認定されているものの、中学はされていなかったので通っていても卒業証書は貰えないのです。
私は一年目で辞めること決めていたので、その日が私の卒業日でした。
2歳から11年間通ったその学校での生活は、一つのzoom通話で終わりました。
正直、寂しさよりは、溜まっていた課題からの解放で喜んでいた気がします。
パンを焼いたり、お菓子を作ったり、友達と電話したりと学業とは関係ない事ばかりが三年前の記憶となってる「うつけ者」ですが、あの学級閉鎖の日々はインドアな私にとって青春そのものだったのかもしれないです。
まあバリは常夏だから春はありませんが。