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一生安心で安泰なんてある訳が無い

サラリーマンは安定している。
会社が無くならない限り、保証(保険)になる。

自営業は不安定ではあるが、決して悪い事でもない。異常な事でもない。

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10年続いた会社や店(自営業)が、何かしら形を変える。
それを4回やれば、もう40年。
それで何が解かったと言える。

3年続く飲食店の確率。
それを10回、開店させれば、その人の人生の大半は終わっている。
色々あったと思うが、何とか無事に、生きてその一生を乗り越えたのだ。

自営業は、上手くいかなかったら、一度就職なりアルバイトを兼業しながら生きていく。

起業や事業をしたことが無い人はそのサイクルを見たことが無いからこれだけの偏見や間違った経営者へのイメージがあるのだと思う。

そして人間は、たった数回の経験や繰り返しで、勝手な事を言いだす。

だから、内容の信憑性はゴシップや噂と同じ。
好き勝手な事を言って、時間が経てば忘れて、都合よく手のひらを返す。

それで、また、堂々と生きていきやがる。

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そういう奴らが人生を語る? いいと思う。

その人はその人の人生を語ればいい。

そういう人間たちが社会を語る。 

語るのは良いが、それはお前の価値観だ。

お前の価値観は、その普通は、良識は。
お前の遺伝と生まれ育った環境で成り立っているだけだ。
それを、十分に知った上で語れ。

そして僕に、お前の自慢話の賛同を、よいしょを求めるな。

僕らは大人になり、社会人になり、仕事を始める。
「約40年間の労働」というやつだ。

ここで勘違いしてしまう。だから大きな間違いは、社会の事を、その40年間で理解して、全てを知ったかのような気になる事だ。

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子供の頃に親が言っていた事をそのまま受け継ぐ。

それがどのような考え方や偏りや価値観かも、その家の、それぞれ。
我が家の「普通」は、隣の家では「普通」では無いだ。
それが普通なのだが、それを間違えるのが人間だと思う。

自分が仲間外れにされたくないから自分を自分達を「普通」とする。

それは自分を守りたいだけ。

学校や職場、環境を変えた先。
あとはネットや知り合い、友達の意見だけで「普通」を断言してしまう。

それで世の中の事を、自分の知識と経験で全てを理解していると思い込んでいる。

それは普通ではなく、その人の価値観、と言う。

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世の中の事、何事においても、絶対と言える事は無いと思う。

いざ、当事者になれば納得できない事もあると思う。

絶対な事と言うなら、生き物は絶対に死ぬ、くらい。
形あるものは必ず壊れる、くらいだと思う。

全てにおいて、絶対も無ければ、永遠に無くならないものも存在しない。

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もし今、
「間違っている」
と言われている事があっても、「絶対に」と言うと危険。

例えそれが間違っていても。
それを
「間違っていない」
と言っている人には理解出来ない事があるから。

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自然と怒らなくなった事に、障がい者の相手が含まれてきた。

どこまで説明しても理解されないかもしれない。
そこに悪意や故意の有無は証明できないが、日常的に、社会や周囲の人間に迷惑行為、犯罪行為をし続ける人たち。

今回振り返って。
全員が同じことをする、同じ事を言っている事に気が付いた。

例えるならと言うより、僕の現場や周りにいる、その特殊な連中を表現すると。

三浦マイルド、ハリウッドザコシショウ、あと少し小梅太夫が大勢いるようなもの。(みたいな言動をしている人たち、という意味)

芸人さんは芸として楽しませてくれているが、僕が知っている人間は、この3人の芸と同じ言動をずっとしている。それが自然。

そりゃ頭が痛くなるし、精神が狂いそうにもなる。

心底思うのは、これを真面に相手してはいけないし、真面に相手できる人は専門職か、その人の家族くらいだと僕は思っている。



昨日の帰り

「全員、三浦マイルドっていうか、ハリウッドザコシショウや小梅もいるやん」
「ようあんなのまとめて相手できるな」
と言われたので、僕は笑い話にして、僕なりの答えを返した。

でも、僕もそれを言われて気が付いたのだ。

「確かに! 全員、あの人らの芸風と同じやんけ」

笑ってしまった。

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「付き合う人間の平均が自分になる」

そして、人間として自分を成長させたいのなら自分が成長できる環境。
自分を人間として成長させてくれる人たちと関わる事が大事。

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自分が、周りの影響で、何か悪い事や損をしてしまう事がある。
それは自分の責任にあり自分の問題、課題なのだ。

そこで他人や周りに影響されない、悪影響を受けないように地力をつける。それが人間として、この社会の中で生きていく力だと思う。

・・

忘れることが人間の力ではない。

ただ忘れるだけ。
ただ忘れていくだけなら、他の動物と変わらないと思う。

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僕は最近、そういう人たちが、僕の前で転ぶところを見ながら、

「ああ、あそこは転ぶのか(滑りやすいのか)」
「なるほど、そこでそうなるか(やっぱり失敗するか)」

と思いながら見ている。

時々、僕が
「これ、良くないよな…でもなあ、やりたいよなぁ…」
と、欲に負けそうな時。計算が狂いそうな時。

その人たちが、僕より先で、大火傷をしているところを見て

「ああ、こうやってゴミ屑が死んでいくんだよな」
「こんなんと一緒の事していたら人間が腐るな」

と思い、笑って、帰り道のご飯は奢るようにしている。

別に先を行かせた訳ではない。

そういう人はやたらと

「待って!!」
「待ってくれよー」

と言う。

けど、誰も先を歩いている訳ではない。
置いていっている訳ではない。誰も先を急いでいない。

僕より前を歩きながら
「待ってくれよ!!」
と叫んだりもする。僕の周りにいる、そう言う人たち。

ただ頭に思いついた言葉、思った事を口に出して、垂れ流れているだけ。

僕はそこに対しても、何も言わなくなった。

「馬鹿がまた何か言ってる」

と、軽く流している。

何やらよく解らない事を言いながら、本人たちはまともな言葉をしゃべっていると思っている。

そこらの物や人に、ぶつかり、壊し、散らかしながら。
放送禁止用語や「アウアウアー」と言いながら、思いっきり転ぶ。

昨日

「僕らは何もしないで大人しく生活していたら(生活保護で)月に一万くらいは貯まるから」

と言っていた。
けど、それを言ったその人は、今月すでに一万以上の借金をしている。

まともと言うより、正気の判断が出来ない。
物事を考えられないから障害なのだ。

そういう人たちと関わる仕事をして、家に帰ってきて認知症の婆ちゃんの介護をする。

「今日一日、まともな人間と会話してない!」

「こんなんばっかり相手してたら頭がイカレそうや」

そう咄嗟に口から出て、自分で笑ってしまった。

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僕も理解出来なかった。

自分が間違っている事も気が付いていない事も分からなかった。

いざ、を繰り返して、逃げられない状況下で続けているから、今は少しだけ見えてくるようになった。

・・

ただ、感情に身を任せて。

言いたい事を言っているだけだと、それこそ、異常者。

その浅はかな視点や思慮で、騒ぐのは餓鬼、老害、弱者だ。

成長をしていない成長障害だ。

発達と言いたい人は好きに言えばいい。

そいつの人生を共にするのも、そいつの人生の最期を見るのもそいつ自身だ。そして家族だ。誰が最後まで残るかの問題だ。

地獄を見るのも勝手だけど、そもそも、地獄なんてのもその人それぞれだ。

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どうでもいい存在に執着するのは、愚かな人間がする事。

孤独な人間の不幸な末路。

それでも人間は生きているのだ。
どんな人間でも、それでも生きているのが人間なのだ。

自分の姿を見て見ろ。

よくそれで生きていられるな。

これが僕ら「人間」。
だから許す事もあるし、赦さない事もある。

人の地獄なんてのは人それぞれだ。


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