まちづくりプロジェクトの上手な終わり方
我々の日頃の仕事界隈で「まちづくりプロジェクトの終わり方って広まってないよね」という話題があがるようになって久しい。おそらく、まちづくり活動というもののプレイヤーが増えたこととセットの話であろうと思う。例えば大学とか病院とか商工会とか企業とか、これまでまちづくりに経験のなかった層の人たちもまちづくり活動に参入するようになったことが背景としてあるように思える。
で、まちづくりプロジェクトを行政なんかは人々にもっとして欲しいもんだから、まちづくりの始め方を伝える、いわゆる「まちづくり塾」的なものは本当にあちこちで行われている。軽くググって見るだけでこんなにある。
その意味で、「まちづくりプロジェクトの始め方」に関する情報は一定十分量が流通したものと言っていいだろう。
一方で、始まりには必ず終わりがあるものだが、まちづくりプロジェクトの終わり方、終え方は十分流通しているとは言い難い。
終え方がわからないとどうなるかっていうと、活動や組織の持続が目的化してしまう。そうすると、もう役割を終えていたり需要がなかったり、担い手や後継者が十分にいなかったりする取り組みも、続けないといけなくなるので、人々を無理に動員して参加させたり、負担を強制したりしなければならなくなる。そうしてまちづくり組織が、ガン化、ゾンビ化してしまう実態があるわけだ。
なので、そういった組織を成仏させる「まちづくりプロジェクトの終え方」が必要だといわれるようになってきたわけだ。
じゃあ、まちづくりプロジェクトの終え方というのはどういうものか、というと、正直ケースバイケースではあるのだけど、一般論で解答できることに限って記述を試みてみよう。
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