「感情労働者」としての地域おこし協力隊について。

 先日、地域おこし協力隊向けの研修でお話する機会がありまして。

 まず、地域おこし協力隊とはどういう位置づけの存在なのか?これは、鳩山政権の「地域力創造プラン」に基づき、2009年度から開始した総務省の制度です。地方自治体が募集を行い、都市部の住民を受け入れて、地域おこし協力隊員として委嘱するわけです。隊員には、「地域協力活動」に従事することを通じて、地域力の維持・強化を図っていくことが求められます。 

 地域おこし協力隊を採用する場合、総務省が、地方自治体に対して、特別交付税措置します。報償費等として年間200万円~250万円(上限)、活動費として年間150万円~200万円(上限)、最終年次か任期後1年の間に隊員の起業に要する経費について地方自治体が支援を行った場合、オプションでもう100万円(上限)つきます。

 そこで採用した協力隊員に何を目的に、どんなことをしてもらうか、というのは、自治体の裁量になります。それぞれの自治体の戦略に基づいて、異なる目標が設定され、運用がなされていることでしょう。

 ちなみに、この制度が出てきた2009年というと、僕はちょうどまちづくりNPOに勤めながら大学院で博士論文を書いていて、もう今年には論文を完成させるぞ、と必死のパッチで生活していた時期でした。そのへんのエモい青春の話はこちらにまとめています。

 僕は、専門がまちづくりだし、できるならまちづくりに近いところで仕事をしていきたいと思っていたので、この制度はすごく気になっていました。特に、一説によると、この制度のモデルになったとも言われる、島根県隠岐郡海士町の商品開発研修生制度を僕は研究していた時期があったので、「ああ、あの海士町の制度を国もやるってことだな。あちこちの自治体でやってくれたら、僕も働けるかもしれないな」みたいな理解をした覚えがあります。

 その意味では僕も、ほんのちょっと何かが違えば、いまごろ地域おこし協力隊をやっていたかもしれなくて、協力隊向のお悩みに向けて講義をするという時、僕の中でどこか他人事ではない感覚があった気がします。

 さて、ではそんな地域おこし協力隊になる人達っていうのは、どんな人達なんでしょう。何を願っている人たちなのか?

 一般社団法人移住・交流推進機構『平成30 年度地域おこし協力隊に関する調査調査研究報告書』(2019)によると、まず隊員志望者には傾向として、「活動を通じて、自己実現を感じられること」「活動そのものがおもしろいこと」(共に5点中4.1点)への期待が高いらしいです。じゃあ起業希望者は、一体どんな仕事を始めたいのか、というと、飲食業(39%)、宿泊業(36%)、観光ツアー業(39%)、まちづくり業(36%)などに意向が目立つみたいです。まあ、たしかに非都市部の地域で起業、っていうとき、ぱっと思い浮かぶのは僕もこの当たりな気がします。

 一方で、起業や経営のノウハウがないこと、資金不足が悩みらしいです。地域おこし協力隊は、企業に向けたノウハウ(39%)やビジネスプラン作成(35%)、プランの具体化に関する研修(39%s)への希望が目立ちます。つまり、立ち上げたい事業のイメージはあるけど、そのためのノウハウはあんまりない、ということらしいです。そこの辺が、いわゆるコンサルとかとの違いですね。コンサルはノウハウ持っているのが当然というか、そこを売る仕事ですからね。

 で、この地域おこし協力隊たちの願いはかなうのか?まず、任期後、元隊員の定着率から見ていきます。僕も調べて驚いたのですが、平均60%が、同一市町村内に定住しているようです。なお定住率トップは静岡県で83.3%、最下位は秋田県で46%だそうです。かなり高い定着率であるように僕には思えました。

 その上で、同一市町村内に定住した者(2464人)の36%は起業をしています。内容は多い順に、カフェやレストランなどの飲食(151名)、写真や映像撮影者、デザイナーなど(110名)、宿泊業(104名)、6次産業(79名)、小売業(73名)、観光業(51名)、まちづくり支援業(42名)らしいです。マクロに見ると、ほぼ願いがかなっていると言っていいんではないでしょうか。

 じゃあ起業できなかった人はどうなのか。同一市町村内に定住した者の43%が就業しています。内容は多い順に、行政関係(302名)、農業(262名)、観光業(120名)、農林漁業(86名)、まちづくり支援業(74名)です。

 協力隊員の6割が定住し、そのうち3割強が起業、4割が就業している。こうしてみると、自治体にとっても隊員にとっても、起業支援と就業支援と移住促進を兼ねた政策としては、わりと費用隊効果が高い制度であるように見えます。なんていうか、失礼な話ですが、起業支援とか就業支援なら、もっと「モノにならない」制度だってあるはずですし。

 地域おこし協力隊って、もう10年も積み重ねてこられたので、結構たくさん論文が出ています。なので、いわゆる「協力隊の成功モデル」に共通するパターンというのもわかってきています。田口太郎「地域おこし協力隊の成果と課題、今後の方向性」(2018)によると、こうです。

 まず、協力隊は、地域住民と協働することで、信頼関係を形成します。一緒に農作業したり、職人に弟子入りしたり、カフェで働いたりするわけですね。おそらくはそういうパブリックな関係だけでなく、一緒にお酒飲んだり、時には恋愛感情がもつれたり、ということもあるでしょう。

 で、協力隊は、自身の活動を地域住民に見せることで、住民に主体性を芽生えさせます。これは、海士町の職員さんが商品開発研修生制度で言っていたことですが「ぬるま湯に熱湯を注ぐようなもの」というイメージらしいですね。外から来た、自分たちと信頼関係を作って仕事してくれる若者が、生き生きとまちを走り回る。その様子に焚き付けられた人々が、新しい動きを始める、というわけです。

 調べると、中には、「この人を離してはいけない!」と地域住民から署名運動がおこったケースもあるらしいですね。甲斐かおりさんが『開始から10年。地域おこし協力隊の成果とは?地域力に差が出始めている』(2019)という記事でその旨を報告しています。

 そして、協力隊自身にも、活動を通じて、その地域への愛着が芽生え、定住が促されるわけです。あるいは定住しなくても関係が途切れず外部サポーターとして働くようになると。

 これが、いわゆる成功モデルに共通して見られるパターンだっていうんですね。まあなんとなく、分かる話ですね。

 一方で、移住者が欲しいだけの自治体による放置、あるいは過剰な束縛、自治体の期待する役割と協力隊のしたいこととのズレが課題となってきたみたいです。例えば、カフェで起業したい!っていう協力隊に対し、本来プロパーの職員がすべき事務作業などを肩代わりさせたりとか、あるいは外回りいってきま~すっていったら、逐一報告書を書け!誰かに会うなら俺に事前に相談しろ!みたいなことを言われたり、という感じですかね。この当たりは、それが良いか悪いか、ということではなく、その自治体がどういう目的と戦略で協力隊を使おうとするか、っていうことになりそうです。

 改めて地域おこし協力隊のレポートを読んでみて僕が思ったのは、地域おこし協力隊の役割期待には、「いきいきと仕事をする姿を見せる」という、パフォーマーとしての側面があるなあということでした。

 上の成功モデルのパターンを見ても分かる通り、地域おこし協力隊は、自分自身が面白いと感じ、自己実現につながると感じる仕事を、いきいきとする姿を、地域住民に見せないと始まらないんですね。

 これは、よくまちづくりに大事だという「よそ者、若者、馬鹿者」論、「風の人、土の人」論の援用ですよね。地元住民には日常であることが、協力隊には非日常であるという話です。だからこそ、地域を面白がれる、その面白がる様子を見た地域の人が触発されて新しいことを始める。その結果、地域住民との協働で愛着が芽生えて、定住者や外部サポーターとなる。

 その点、一般的な起業支援、就業支援の制度には、その期待はありません。あくまでも、起業できてナンボ、儲かってナンボなわけです。事業者だって自腹を切っている。ときには借金だってしている。悠長なことは言っていられない。必死ですよね。そんな中、地域住民と協働してください、地域を面白がっていきいきとした姿を見せて触発してください、なんて言われても困りますよね。しかし、協力隊制度は、そこを重視する制度なんです。さっきも書いたように、本気で仕事を作りたいなら、ノウハウ持ったコンサルにちゃんとしたお金を払ってやってもらうべきです。それを、ノウハウがないから困っています、っていう人になぜ任せるのか、ということがこの制度の本質をむしろあらわにしていると思っていて。

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