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「パブリックからの逃避」としてのプライベートの話。

 面白い記事を読みまして。

 薬物のようなモノに対する依存ではなく、プロセスや関係性への依存の場合はどうだろうか。
「仕事を一週間頑張ったから痴漢してもいい」
「女性専用車両に乗っていない女性は痴漢をされたい人だ」
こんなことを言うのは、どんな人物か。性欲の強い脂ぎった男か、それとも欲求不満なオタク男性か。だが、それは、ネトウヨは冴えない若い男性だと決め付けるのと同様に、全く間違っている。『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス、2017)などの著者で、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳によれば、件の人物はどこにでもいる「普通の男性」なのだという。彼らは痴漢時には、生理的な興奮状態(勃起)だったというわけでもない。
万引きの場合でも、「このお店でたくさん買い物をしているのだから、今日くらいは万引きをしても許される」、このように言う主婦がいるらしい。斉藤が、1600人を超える加害者の再発防止プログラムに関わってきた経験からすると、万引きを繰り返す人と、痴漢常習者とは似ているそうだ。
 斉藤によれば、再犯防止プログラムの場で、「痴漢行為を手放すことで、あなたが失ったものは何ですか?」と質問したところ、「生きがい」と答えた受講者がいたという。また、痴漢常習者で、「自分の妻や娘が性犯罪被害にあったら?」という問いに、「相手の男を殺しに行く」と即答した人もいたという。さらに、痴漢ではなく性的暴行のケースでは、「僕は他の強姦犯と違う。思いやりを持って、必ずローションを使うから、相手を傷付けていない」と言う人もいたというのだ。

 これ読んで面白いなと思ったのは、「人には秘密が必要なんだ」っていうことなんすね。「秘密」っていうのが、やや淫靡にすぎるとして、言い換えれば「プライベート」というか。つまり、自分ひとりの時間てやつっすね。

 パブリックとは、「公的空間」てことで、要するに「他人とともにいる空間」ってことです。職場とかそうっすよね。それに対しプライベートとは「私的空間」です。一人だけの時間です。パブリックでは、他人といるわけですから、自分のしたいことをフルに出せるわけではありません。人生の修行が足らず、凡夫である我々は、どうしたって自己抑圧的に振る舞わざるを得ません。その中で、様々なかたちで、欲求と、実際に取れる行動との齟齬が生じ、そこへの不満、フラストレーションが蓄積していくわけですね。いわゆる「ストレスが溜まる」というのはこれ、欲求の行動との齟齬による不満なんすね。ストレスは単なる刺激に対する緊張なので。

 で、記事の人の場合、パブリックに頑張ってあわせてきたと。だから「仕事を一週間頑張ったから痴漢してもいい」と「ご褒美」として、「痴漢」をしたっていうんですね。しかしこれがどうおかしいかっていうと、電車の中って、パブリックなんすよ。で、痴漢の欲望って、本来他人に振り向けていい欲望じゃないんすね。それは当人もわかっている。自分の娘が痴漢にあったら犯人を殺してやるとかいう判断力はあるし、なんなら勃起すらしてないと。にもかかわらず、うっかり「プライベートで処理すべき欲望」が「パブリックに漏れ出している」状態があるわけです。記事のタイトルの言う「役目を降りたい」とは、このパブリックな空間における役目を降りたい、っていうことで、つまりプライベートに引きこもりたい、っていうことだろうと。

 人は、パブリックとプライベートの2つの空間を行き来し、生活のバランスを保つわけです。このプライベートを維持するのに必要な時間や労力といったコストを削減し、パブリックに全振りすると、バランスを欠いてしまうわけです。その結果、プライベートで処理されるべき欲望が、パブリックの時間に漏れ出してしまう。おしっこ我慢し続けた結果、トイレじゃないところで漏らしてしまいました、みたいなことっすね。

 しかし、いま社会は人の時間をあますところなくパブリックの方に引きずり出そうとしているように見えます。孤独死や引きこもりを悪いもの、改善すべきものと捉えるような風潮があるように思えます。まちづくり界隈でも、「絆」とか「コミュニティ」とかいう言葉が繰り返し語られます。ビジネス界隈でも、生産性という言葉は、持っている時間をいかに生産物に替えるか、ということを重視する考えの表れと思えます。とすると、生産物に替えない、プライベートの時間は最小にすべきだ、というロジックになります。昔「24時間働けますか」なんてコピーがあったっすけど、プライベートがない状態、完全にパブリックだけで生活を完結させる人が望ましいと、経済社会は言いたげです。

 こういう言葉たちは、人が、各々のプライベートに投資すべき資源を、パブリックに吸い上げようとしていることの表れに見えます。そうして人々のプライベートを抑圧した結果、本来プライベートで解決されるべき行為がパブリックに「漏れ出す」ようになったのではないか。僕は上の記事を見てそのようなストーリーを連想しました。

 孤独死や引きこもりが悪いこととされる考えに同化していると、やや違和感を持つ言い回しでしょうが、むしろ人はちゃんと一人になるほうが健康によくて。

 そういう文脈でこそ「働き方改革」みたいな話は取り扱われるべきだろうと思うんすね。なんか、いまの働き方改革って、「仕事の時間を減らして家族や地域社会に使いましょう」みたいな話になっているきらいがないっすかね。この「仕事の時間を減らして家族や地域社会に使いましょう」というのが働き方改革だ、っていう考え方って、「家族もパブリックだ」って意識がないひとが考えがちなことなんじゃないかなって思ったんすね。

 いやいや、と。家族だってパブリックですよと。たとえ家族と呼ばれているとしても、「自分じゃない他人」という存在なわけです。翻れば、「家族はパブリックじゃない」というのは「甘え」につながり、本来他人に向けてはいけないエネルギーを他人に向けることを許容しては来なかったか。パブリックで生じたフラストレーションをプライベートだからぶちまけていいですよね、みたいな。それが例えば外面は良いけど家庭内では暴力をしてます、というようなバランスのとり方につながってやしないかったかと。

 じゃあどうしたらいいか。やはり、毎日歯磨きをする時間をきちんととるべきであるように、プライベートに浸る時間というのが撮られるべきなんじゃないかと思うんすね。こんな記事があったっす。

 働く時間が長すぎることは、私たちの好奇心にどのような影響を及ぼすのでしょう。OECD(経済協力開発機構)による働き盛りの労働時間と知的好奇心に関する調査によると、長時間労働が、知識への欲求(知的好奇心)を削いでしまっている可能性があるようです。
 調査の対象となったのは各国の30〜40代の働き盛りの社会人。「新しいことを学ぶのが好きか」という質問に答えてもらい、回答者らの1週間の労働時間と比較したところ、労働時間が長い国ほど知的好奇心が低いというマイナスの相関関係が見受けられたそう。
 たしかに、長時間働けばプライベートの時間も減りますし、体力や気力が低下する要因にもなりますよね。早朝に家を出て、夜遅くに帰宅する生活が続けば、睡眠時間も減り、新聞を読んだり読書をしたりする気力はなくなってしまうかもしれません。有給休暇を取れなければ、リフレッシュする機会も減ってしまいますよね。長時間労働の影響で、新しいことへの興味や、未知のことを吸収しようという意欲が低下してしまう……というのは、容易に考えられます。

 これも、労働時間という、パブリックな環境に身を長く置きすぎて、プライベートな時間を取りそこねることでバランスを失調し、エネルギーの枯渇を招いているという現象と読めます。

 いわゆる「休暇」をどうすごすか、というとき、例えば趣味のことをするとか、旅行に行くとか、いろんなコンテンツがありえますが、しかしそもそも休暇とはなにかと。「プライベート時間の充足をすることで、普段パブリックな時間に偏りがちなバランスを調整する作業」ということができるんじゃないかと。「パブリックからの逃避」なんすね。

 人には引きこもり、孤立する時間が必要なように僕には思えます。いわゆる「自分を労る」というのは、何もマッサージ屋さんに行きましょう、エステにいきましょう、ということではなく、自分自身と対話し、パブリックの中で生じたフラストレーションに気づき、穏当に処理することです。

 よく「人は一人では生きられない」っていうじゃないですか。あれはそのとおりだと思うんですけど、もうちょっと付け加える必要があると思っていて、それは「しかし、ずっと他人と一緒でも生きられない」ということです。

 記事の人が、「褒美」として本当に欲しかったのは、「完全に一人になれる時間と空間」だったような気がするんすね。それを休暇と呼んでもいいし、ワークライフバランスと呼んでもいいけど、とにかく「トイレにちゃんと行かせてもらえなかったがゆえに電車の中で漏らしてしまった人」を責めるのは、あまりに愛がないだろう、と思うっすね。

 パブリックの中で「正当に」抑圧してきた自分の中のエネルギーに気づき、どう処理するのか考え、穏当に処理する。そういう時間と空間が大切です。そして、時間は資源であり、この資源を、パブリックは独占しようしようとしつつあるわけです。いかにこのパブリックから逃避し、プライベートを守り、バランスを取るのか。これが本当の意味での働き方改革で考える話でしょうと思ったりするっすね。オチはないです。

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