子どもがほしいと、まだはっきりと言えないけれど。
私には、子を育てた経験も、子を産む予定も、今のところない。
子育てをしている人の話を聞くと、羨ましいというよりは、どちらかというと大変そうだなぁと思ってしまう。
私の従兄の家族が祖母の家に暮らしているので、ときどき従兄の子どもたちとも会っていた。
子どもたちは、みんなかわいいのだけど、この子たちと四六時中一緒にいたら、私はすっかり体力をなくしてしまうだろうなと思った。
そうは言いつつ、たとえば電車でマタニティマークをつけている人を見ると、胸がざわっとするのは、なぜだろう。
きっと、心の底にわずかな羨ましさや焦りもあるのだと思う。
私はいま28歳。母が私を産んだのは29歳のとき。
私も、十分に子を産み育てられる年齢なのだ。
今年の3月、私が実家を出る頃、妹とふとした拍子に子どもの話になった。
妹は「結婚したいと思わないけど、子どもがほしいなぁ」
と言っていた。
妹は、独身。付き合っている人もいない。
私は、妹が子どもがほしいと言うのを意外に思った。
妹が子ども好きというイメージはない。
妹が飼いたいと言って飼うことになった柴犬も、すっかり母に世話を任せきりにしている。
妹が一生懸命世話をしていたのは、たまごっちくらいだ。
「ももちゃんは子どもほしくないの?」と妹が私に訊く。
「うーん。ほしくないとも言い切れないけれど。育てる自信がない」
私がそう答えると、妹は不思議そうな顔をする。
「ぺこちゃん(私の夫のこと)なら、なんの心配もいらないんじゃない?ちゃんと育児参加してくれそうだよ」
「うん、ぺこりんはね、大丈夫だと思う。私もぺこりんに関してはなんの心配もしてない。」
「ぺこちゃんは、子どもほしくないの?」
「いや、たぶんほしいんだと思う。」
「ふーん。じゃあ、何が不安なの?」
妹にそう尋られ、私は言葉を探す。
こんなふうに真正面から子どもについて聞かれるのは初めてだった。
言葉にしたら、不安が形をとってしまうような気もしたけれど、妹がまじめに話を聞いてくれていたから、私もはぐらかさずに答えることにした。
「私は、以前仕事をしていて抑鬱状態になったでしょう。
もし、赤ちゃんができても、私は、マタニティーブルーとか、育児ノイローゼになりそう。
それに、私は経済的に自立できていないし。
子どもに不自由な思いをさせずにすむかわからない。」
私が不安に思っていることをつらつらと話している間、妹はただ静かに聞いてくれていた。
「それに、…」と私はつづける。「私は、お母さんみたいになれる気がしないんだよね。あんなに優しくなれない。お母さんは、いつでも私たちの味方で、いつでも自分のことは後回しで、私たちのことばっかり。あんなふうには一生かかってもなれないと思う。」
「お母さんみたいに、かぁ。それはたしかに難しいね」と言って、妹は笑う。
「でもさ、別にお母さんだって、最初からああじゃなかったと思うよ。おばさんたちとはよく喧嘩したって言っていたし。ももちゃんが一人でがんばろうとしなくても、いいんじゃない。大変だったら、家にときどき帰ってきたらいいじゃん。私もお母さんやお父さんも一緒に世話するよ。」
そんなことを話していたら、妹が出かける時間になったから、そこでその話は打ち切りになった。
妹は、私に「ももちゃんなら、きっといいお母さんになれるよ」とは言ってないし、きっと思ってもない。
けれど、幼いときから、私の嫌なところを全部見ている妹が、私に対して「ももちゃんは子どもを産まないほうがいいよ。子どもがかわいそうだよ」と言ったりはしなかった。
それだけのこと。
だが、それだけのことが、私にとって、小さな自信になった。
最近夫は、こんなことを言っていた。
子どもが産まれても、これ以上ぼくたちはしあわせにはならないと思う。
いま二人でも十分しあわせだから。
でも、子どもがもし生まれたら、きっとその子をしあわせにしてあげられると思う、と。
それでも、私は、まだ子どもがほしいとはっきりとは言えない。
ほしくても、できないこともある。
ほしいと思いながらもできなかった場合を想定して、ほしいと言えないのかもしれない。そんな気もする。
私は、子どもがほしいとはまだ言えないけれど。
もしも子どもが生まれたら、私も夫と一緒にその子をしあわせにしてあげたいな、とは思う。
この記事はかなりセンシティブな内容に触れました。
書くかどうか迷いましたが、赤ちゃんがができる前から、こんなにも不安を抱えているんだということを、言葉にしておきたいような気がして。
よくドラマや映画で、「あなたも、お母さんなんだからしっかりしなさい」、とか「お父さんなんだから〜」という台詞を耳にすることがありますが、子どもができる前からこんなにも不安なんだから、妊娠中の方や、妊娠中の奥さんを支える旦那さん、子育て中のお父さん・お母さんもたくさんの不安を抱えているのかもしれない、と思いました。
それとも、本当に母は強し、なのかなぁ。
きっと私のような人ばかりではないとは思いますが、こんな不安を抱えている人は、私以外にもいるかもしれません。
こんな不安を抱えている人もいるんだなと、だれかの気持ちを想像する一助になれば幸いです。