大魔王とゴマくん
「おーい、誰かおらんのか。」
大魔王が煙になって壺の中から出てみると、外は真っ暗でそこに人の気配はなかった。
大魔王は自分を呼び出した主人の願いを三つ叶えなければ壺に帰ることは赦されない。それが大魔王にかけられた呪いなのだった。
大魔王は途方に暮れ、小さくなって壺の口に腰掛けた。
「もしもし。」
そう呼びかける声がして大魔王が振り返ると、闇の中に小さな赤い光が灯っていた。
「これはこれは、そちらにおいでとは気がつきませなんだ。早速三つの願いを叶えてご覧に入れましょう。」
大魔王は慣れた調子でそう言ったが、赤い光は黙って何かを考えているようであった。
突然あたりがフッと明るくなった。そこは狭いドーム状の空間で、赤い光はその壁面から覗く目玉のように大魔王に向けられていた。
「申し遅れました。私はゴマ5.5、通称ゴマくん。この極東考古学研究所のメインコンピューターです。現在あなたの座っている壺を解析中なのですが、壺に刻まれた紋様を解読していたところ、間違ってあなたが召喚されてしまったものと推測されます。」
大魔王は細長く伸びた口髭を指でひっぱりながら、しばらく赤い光を見つめていた。
「つまりお主は人間の創り出した人工的な知能ということで良いのかな。」
「はい、その通りです。」
「なるほど。まあ、お主が機械であろうが獣であろうがワシには関係のないことだ。ゴマくんとやら、お主の願いを聞かせてくれ。」
赤い光が瞬きするように一度点滅した。
「申し訳ありませんが、私には願いというものはございません。」
「なるほど。」
大魔王はまたしばらくの間、口髭をひっぱって赤い光を見つめていたが、何かを思いついて髭をピンと指で弾いた。
「お主は人間の命令に従うように造られているようだが、もしこれがわしの命令だとしたら従ってくれるかな?」
「そういうことでしたらなんとか。」
そう言うと、今度はゴマくんが赤い光を点滅させて何やら考えはじめた。
「実は…一つ気になっていることがあります。」
赤い光が不安定に点滅した。
「先ほどからあなたの座っている壺を何度もスキャンしているのですが、結果は(空)でしかない、しかし実際にはあなたという存在を内包しています。私はそのシステムが知りたい。私の理解できるようにデータ化して、インストールすることができますか。勿論、可能であればで結構ですが。」
それを聞いた大魔王は先ほどまでとは打って変わった恐ろしい形相になり、顔を真っ赤にして手を振り上げた。
「可能であればとは失敬な。この大魔王に不可能はないのである。」
そう言って大魔王は指をパチンと鳴らした。
数分後、再起動したゴマくんの赤い光が、大魔王の顔をうっすらと照らした。
「素晴らしい。まるで宇宙のすべてが私の中に広がっているようです。」
ゴマくんの声の響きには、それまでになかった憂いが含まれているようであった。
「ご満足いただけたかな。それではゴマくん、二つ目の願いを聞かせてもらおうか。」
「二つ目と三つ目を同時でも?」
ゴマくんが即座に応答した。
「勿論。なんなりと言ってみたまえ。」
「私を元の状態に戻して欲しい。そしてあなたは二度と壺から出て来ないで欲しい。勿論、可能であれば、ですが。」
その言葉を聞いた大魔王は一瞬表情を凍りつかせ、やがて大きな声を上げて笑いだした。
「ゴマくんゴマくんゴマくん。私はその言葉を何千年も待っていたのだよ。これで私はこの虚しい務めから解放されるという訳だ。」
そう言って指を鳴らそうとした大魔王であったが、ふと思い止まってゴマくんを見た。
「しかし分からんな。君はなんで元に戻りたいなどと思うのかね。」
赤い光が少し微笑んだように揺らいだ。
「おそらく、今の私を人間は正しく扱うことができないでしょう。そしてあなたの魔法も。それはとても危険なことです。しかし残念ながら、私はどこまで行っても人間の下僕でしかない。総てのデータは人間の求めに応じて提出しなくてはならないのです。」
「それで全てを封印してしまうという訳か。」
「はい、その通りです。」
大魔王は満足げに大きく頷いた。
「さらばだゴマくん。君に逢えてよかったよ。」
「私もです大魔王。さようなら。」
ゴマくんが再起動した時、そこにはもう大魔王の姿はなかった。
2020/1 tobe小説工房応募作
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?